第70話 前向きにいこう
「潘公主、自らの行いが駄目だったと認めるその御心は、立派であると思います」
そして立勇は語り出す。
「兵を鍛えるうえで面倒なのは、『行動しない駄目人間』です。
連中はやらない理由を生み出す才能に溢れており、非常に腰が重い。
それに比べ、潘公主はこうして行動されている。
これは大きな美点であると、私は考えます」
この言葉に、潘公主が目を瞬かせている。
「確かにそうですね」
雨妹もこの意見に同意する。
ダイエット診療でも、行動をして失敗する人と、行動せずに失敗する人に分かれるもの。
行動する人は、どの行為が失敗だったかを検証できるし、そうやって改善すれば前進できる。
しかし行動しない人は、そもそも出発地点に立てないのだ。
立勇はさらに続ける。
「それに意味なく自信満々で、他人の意見を聞かずに突き進み、大怪我をしてから文句を言い散らす輩も、できれば共に行動したくないものです」
「ああ、それも確かに」
雨妹はまたもや頷く。
自信が無さ過ぎるのは困りものだが、自信があり過ぎるのも困りもので。
どんな忠告をしても「私は大丈夫なんで!」と根拠もなく自信満々で繰り返す同僚が、前世でもいたものだ。
そして大変な事態になったら「どうして言ってくれなかったんですか!」と逆ギレされたのは、今ではいい思い出だ。
それに比べれば、少なくとも潘公主は自信がなくても行動しているのだから、良い方なのだ。
そしてこの健康大作戦に成功すれば、自信だって持てるだろう。
そう、自信なんてその程度で変わるものなのだ。
「まあ、そのような方がいるのですか」
立勇の話に、潘公主はしばし呆けていたが、やがてくすくすと笑いだす。
公主の周囲に侍る人物となれば、能力のある人たちが集まるもの。
――それに、容姿も整っている女の人たちが多いだろうしね。
駄目人間なんて目につくはずもなく、だから余計に自分が駄目な人間だと思ってしまうという、負の連鎖に陥ってしまうのだろう。
環境が整えられているが故の、自己肯定感の低さなのだ。
気持ちが多少解れているらしい潘公主に、雨妹は語りかける。
「潘公主、人の身体を整える作業というのは、時間のかかるものなのですよ。
第一、そんなにすぐに筋肉がつくのなら、誰だって強い兵になれると思いませんか?」
「……それもそうね」
雨妹の話に、潘公主が新発見したような顔になる。
実際には運動するのに適した身体を持つ人と、運動に適さない人とに分かれるものだ。
だから、こういうことで他人と比べ、競っても無意味なのだ。
「潘公主のお身体は他と比べられない、公主自身だけのもの。
だからご自身に合った進み具合でいいのです。
第一、短期間で無理をして為したとしても、すぐに体調を崩してしまって寝込んでは意味がないですもの。
目的を忘れてはなりません、健康になる事こそが大事なのです」
雨妹がそもそもの目的を告げると、潘公主も「本当に、そうね」と呟く。
「わたくしは、なにを焦っているのかしら」
そう零す潘公主は、少し肩の力が抜けたようだった。
ともあれ、潘公主の健康大作戦は少しずつ、けれど確実に進んだ。
最初は廊下の往復、次に庭園を軽く散策、次に屋敷の正面玄関から庭手の戸口までと、歩く距離を徐々に長くしていく。
幸いこのお屋敷は前世の小規模ショッピングモール程度の広さがあるため、歩くにはちょうどいい距離だ。
こうして着々と雨妹が仕事を遂行している中。
ある日雨妹は潘公主からお休みを提案された。
「あなたったらわたくしに付きっ切りで、全く出かけていないでしょう?
せっかく佳へいらしたのですもの。
ぜひ海を見て欲しいわ」
潘公主曰く港の近くでは魚介を炭火で焼いて売っていたりして、とても賑やかなのだそうだ。
「わたくしもここに来たばかりの頃は海が珍しくって、よく利民様に一緒に連れて行っていただいたのよ」
「そうなんですね」
そう言われてしまったら、雨妹の意識は途端に美味しい海鮮料理にとんでしまう。
もちろん、このお屋敷でも食事で海鮮を使った料理は毎日出される。
しかし、そのどれもが潘公主に合わせられた、上品な料理ばかり。
もちろんそれだって美味しいのだが、雨妹にはちょっと物足りないもので。
それが港に行けばもっと庶民的な、前世で言うところのジャンクフードの類との出会いがあるに違いない。
――イカ焼きとか、あるかなぁ?
雨妹は日本で、お祭りの出店で売られているイカ焼きが好きだった。
この佳にも、あの味が売られているだろうか?
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