第59話 病の原因

 ――うーん、それにしてもさぁ……


 食事も食べたくないし水も飲みたくないと、こういう主張をする人の状態を、雨妹は前世でよく見ている。


「太子殿下、黄(ホァン)様。潘(パン)公主と少々二人で話をさせてもらってよろしいでしょうか?」


雨妹は、太子と利民にそう申し出た。


「玉と二人でかい?」


要するに内緒話をしたいと言った雨妹に、太子がちらりと利民を見る。


「部屋からは出ませんし、長く時間もかけません。

 そちらの隅でいいのです」


見えない場所には行かないと話す雨妹に、最初は渋い顔をしていた利民だったが、最後には頷いた。


「……わかりました、玉殿をお願いします」


こうして話がついたところで、控えていた娘が部屋の隅へ椅子と卓を設置した。

 雨妹は隅でちょっと立ち話をする程度のつもりだったのだが。


 ――もしかして、痩せ過ぎて立ち話する体力もないとか?


 雨妹はそんな疑惑を抱きつつ、潘公主をそちらへ導いたところで、ひっそりとした声で尋ねた。


「潘公主、もしや体型を気にして減量をなさっておいででしたか?」


これに、潘公主が固まって息を呑む。

 そう、潘公主の言い分は前世で脅迫的にダイエットしようとする人達と、まるっきり同じだったのだ。

 しばしなにも言えずにいた潘公主が、やがてため息を吐く。


「……あなた、なかなか鋭い娘ね」


減量をしていたことを認めた潘公主だが、やり方がマズい。


「潘公主、痩せたからと食事を再開すると、以前よりも体重が増えやすくなったのではないですか?」


雨妹の指摘に、潘公主はくわっと目を見開く。


「……!? そうなのよ!

 だからわたくし、もっと減らさなければと思ったのです!」


そう言って前のめりになる潘公主は、今までの会話で一番の食いつき具合だ。


 ――ああ、やっぱりねぇ。


「潘公主、食べずに痩せる減量法は間違いです。

 食事をとらなければ身体は飢餓状態にあると認識し、生きるために余計に脂肪を溜め込みます」


そうやって泥沼に嵌っていく人は、前世でも結構な割合いたものだ。

 そして病院では、ダイエットに失敗して身体を壊す人向けの診療を行っていた。


「減量には健康的に行う正しい方法があるのです。

 その方法をお教えしますから、まずは身体を治すためにきちんとお食事をとりましょう」


雨妹の勧めに、しかし潘公主は難色を示す。


「でも食事をしては、太るのではなくって?」


恐る恐るそんなことを言う潘公主だが、まずはこの根本的な間違いを正さなければならないだろう。


「食べるから太るのではありません。

 食事と運動の均衡が、食事の方に大きく偏っているから、太るのです」


「食事と、運動ですか……」


これが身体を動かす兵士などだったら、実感として知っている知識なのかもしれない。

 だが潘公主は運動とは無縁の生活をしてきたお姫様なため、ピンと来ないようだ。


「こうしたことはその日その日の短期ではなく、長期的視線で見るのが大事です。

 身体を普通の状態に戻せば、太りやすい状態は改善されます。

 むしろちゃんと食事をして身体を作ることが、痩せるために必要なのです」


「食べることが、痩せるのに必要……。

 そんなの、誰も言わなかったわ」


潘公主は衝撃を受けている様子である。

 どうやらこの国には、正しい減量方法が確立されていないようだ。

 この分だと、怪しげな呪いのようなものの押し売りがありそうだった。


「潘公主、くれぐれも痩せる壺や薬などに惑わされませんように。

 痩せるのに必要なのは他力本願ではなく、本人の行動のみです」


雨妹の忠告に、潘公主がスッと視線を逸らす。

 どうやら壺か薬を買ってしまったようだ。


 ――まあ日本でだって、楽して痩せるっていう商品は良く売れてたみたいだしね。


 しかし楽に痩せるやり方は、リバウンドしやすいものなのだ。


「いくら痩せても、健康でなければ意味がありません。

 健康的に痩せてこそ、減量は成功と言えるのですよ」


痩せた末の今の状況なため、潘公主もさすがに思うところがあったようだ。


「……あなたは、その健康的に痩せる方法を知っていると言うのね?」


真剣な眼差しで尋ねる潘公主に、雨妹は大きく頷いて見せる。


「わかったわ。

 わたくしに正しい減量方法を、教えてくださらないかしら?」


そう決意する潘公主に、雨妹は拱手で応じた。


「承知しました、精一杯のことをやらせていただきます」


こうして潘公主との話がついたところで、太子達の待つ場所へと戻る。


「二人とも、実のある話ができたようだね」


太子が潘公主の表情を見てそう言った。

 確かに、潘公主の雰囲気が少し柔らかくなった気がする。

 自分の抱えている問題を、誰かに吐き出せたからだろう。

 もしかして誰か第三者に、減量の事を相談したかったのかもしれない。

 けれど先程は前世看護師として見過ごせず、安請け合いしてしまったが。

 自分はそもそも太子のお供、おまけなのだ。

 それがどうやって、この屋敷への滞在許可を貰えばいいのか。

 そしてそれ以前に太子に話を通さねばならない。

 しかし、その際に潘公主の減量の失敗についてバレるのは、彼女の名誉のためにも避けたい。


 ――どうやって話をしようかな?


 話の持って行き方について思案していた雨妹だったが。


「あの殿下、お願いです。

 ぜひこの娘を屋敷にしばし滞在させたいのです」


なんと潘公主からズバリと太子に申し出た。

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