第44話 衝撃の事実がてんこもり

 ――え、太子宮に子供?


 太子にはまだ子供が生まれていないはずだがと、雨妹ユイメイが不思議に思いつつも周囲を見回す。

 すると、玉秀ユウシォウの後ろからひょこりと顔を出した小さな人影があった。

 それは煌びやかな衣装を身に纏った女の子で、友仁ユレン皇子よりも年上だろうか。

 それでもまだ、十歳そこそこくらいの年齢だろうと推測される娘である。

 この女の子が現在二十五歳の太子の子だと仮定すると、太子が成人したばかりか、それより前に生まれた子ということになる。

 可能性もなくはないが、むしろ太子の妹が遊びに来ている線が濃厚だろう。

 脳内でそんな推測を繰り広げる雨妹だったが、こちらを見た女の子が小首を傾げる。


「この方が、お姉さまを助けてくださった宮女の方ですか?」


そう尋ねる彼女を、玉秀がやんわりと窘めた。


「ほら、ご挨拶が先でしょう?」


「あ、そうでした!」


女の子がハッとした顔をして、雨妹に向き直って笑みを浮かべる。


「太子殿下の淑妃、恩小恵エン・シャオフィです。

 どうぞよろしくお願いします」


彼女はとても丁寧に挨拶してくれたが、雨妹としてはそれどころではない。


 ――淑妃なの!? この子が!?


 雨妹は驚き過ぎて頭を下げることもできず、ポカンと口を開けていた。

 淑妃は貴妃・徳妃・賢妃と並ぶ四夫人の位の一つだ。

 ということは、貴妃である玉秀と同じ位ということ。

 これを驚くなという方が無理である。


「……あの、恩淑妃はおいくつでいらっしゃるので?」


雨妹はおずおずと尋ねる。

 小恵は幼く見えても実は成人しているのだろうか、と思って聞いてみたのだが。


「小恵はまだ十を越したばかりよね」


「はい、誕生日が二月前でしたから!」


玉秀がやんわりとそれを否定し、小恵も追従する。

 やはり見た目通りのお子様のようだ。

 そうなると、小恵と太子は歳の差十五歳の計算だ。

 けれど、そのくらいは皇帝の妃嬪ヒヒンでもあることなので、歳の差自体をどうこう言うつもりはない。

 政略結婚もあるだろうし、「歳の差なんて愛があれば関係ない!」という人たちだっているだろう。

 価値観は人それぞれなのはわかる。

 しかし、あきらかに成人していない子供を嫁にするのはどうだろうか。


 ――もしかして太子にまだ子供がいないのって、そういう性癖だからとか言わないでしょうね?


 太子へのまさかの幼児趣味疑惑に、雨妹の眦が自然と吊り上がっていた時。


「よく来たね、雨妹」


背後からそう声をかけられると同時に、隣の立彬が頭を下げた。

 雨妹が振り向いた先にいたのは問題の太子本人であり、前回にも見かけた女官を伴っている。


「えーと、どうも殿下」


一応頭は深々と下げて置くものの、幼児趣味疑惑を抱いてしまった後なので、どうしても挨拶がぞんざいになってしまうのは仕方がない。

 雨妹から胡乱げな視線を向けられた太子は、驚いて目を丸くすると、「なんだかすごい顔をしているなぁ」と小さく呟き苦笑する。

 そんな太子と小恵を二往復くらい交互に見た雨妹は、隣の立彬リビンの袖をぐいぐい引いた。


「立彬様!

 これってなんだか犯罪臭がプンプンするんですけど!」


雨妹から小声でそう告げられた立彬は、ぎゅっと眉根を寄せる。


「阿呆なことを言うな、殿下にも色々おありなんだ」


こちらも小声でそう返したのだが、雨妹としては色々の具体的内容が気になるのだが。

 それに目の前でひそひそとやり合っている内容が、太子当人に聞こえていないはずもなく。


「断っておくが、私はいたって潔白だからね?」


太子が笑みを深めてそう告げた。

 笑っているけれど目が怖い。どうやら幼児趣味疑惑は看過できないようだ。


「まあ、雨妹ったら」


このやり取りを見ていた玉秀がクスクスと笑う。

 そして小恵はなんの話なのか分かっていないらしく、きょとんとした顔をしていた。

 その様子からすると、彼女はどうやら妃嬪(ヒヒン)としての務めを求められていないらしい。

 これが本物の夫婦だったのなら、小恵はもっと太子と自分の関係を主張するだろう。


 ――よかった、兄(仮)はロリじゃないみたいで!


 雨妹が一安心したところで、太子が改めて話しかけてきた。


「私の妃が君とお茶をしたいと言っているので、呼びに行かせたんだけれど。

 それにしても、ずいぶんと遅かったね」


太子からの指摘に、立彬が口を開く。


「少々揉め事が起こりまして。

 そうだ母上、この娘の髪を結いなおしてもらえませんか?

 一応簡単に纏めはしましたが」


立彬が女官へ声をかけたのだが、またまた衝撃発言が聞こえた気がする。


 ――え、この人が立彬様のお母さんなの?


 太子の側仕えをしているのなら、高位の女官のはずである。

 そのくらいになれば、採用基準に当然家柄も考慮される。

 でれば立彬はひょっとして、結構な良家の子息なのだろうか?

 そんな男がどうして宦官をしているのか、全くもって謎である。

 目を見開いて固まる雨妹に、女官が近寄って来る。


「あら本当に雑ね。どうしたのこれ?」


雨妹の髪をいじる彼女に、立彬が小声で説明する。


「実は、途中で大偉皇子殿下と出くわしまして」

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