第45話 大偉皇子
そしてここへ至るまでのいきさつを簡単に話されたのだが。
「まぁ可哀想に、さぞ怖かったことでしょうね」
彼女は憤ってぎゅっと
衣服の上からだとわからないが、彼女の意外と豊満な胸に顔が押し付けられる形になり、少々息苦しい。
「待ってなさいな、鏡と櫛を持って来るから!」
そう言い置いて、風のように走り去っていく。
――別に私、今のままでも困らないんだけどなぁ。
そして太子を放って行ってしまったが、いいのだろうか?
こうして女官が去った方向をぼんやりと眺める雨妹に、太子が告げる。
「どうやら話を聞く必要があるようだから、部屋へ行こうか」
この様子だと、どうやらお茶どころではなくなったようだ。
こうして移動した太子宮の一室で、雨妹は改めて先程の事の顛末を語ることとなった。
お付きの女官がいないので、
「えーと、手洗いに行って寄り道したんですけど」
雨妹は
これを聞いて太子が「そうか」と頷く。
「友仁の姿が見あたらないと思っていたが、そんなことに」
太子は友仁皇子が皇太后にいじめられていないか、心配していたらしい。
「野遊びみたいで楽しそうでしたよ? お饅頭を貰っちゃいました」
そうしてお茶に呼ばれた後の帰り道の途中で、
危ういところで
なんでも立彬は、太子の願いで雨妹を呼びに行ったところ、その雨妹を探す楊おばさんと出くわしたらしい。
同じ場所に配置された宮女から、「雨妹は手洗いに行った」と聞いていたから、厠所の周辺を探そうとしていたという。
雨妹と立彬の話を聞いた太子は、深く息を吐いた。
「災難だったね、まさか大偉が来ていたとは知らなかった。
花の宴には不参加だという話だったから驚いたよ」
「楊おばさんが通ってくれて助かりました、そうでなかったらどうなったか……」
労わるように言う太子に、雨妹はあの気持ち悪い頬擦りを思い出して、一瞬ブルリと震える。
今回は楊おばさんの存在に救われたものの、あのまま大偉皇子と二人きりであれば、きっと雨妹は髪を取られて泣き寝入りしていたに違いない。
想像するだけでも恐ろしい事態である。
「あんなヘンタ……、じゃなくて。
変わった皇子殿下がいらっしゃるのなら、私もウロウロしませんでしたよ」
雨妹は憤慨した勢いで、思わず「変態」と言おうとして慌てて訂正したものの、口調が恨み節になってしまうのは仕方がないと思う。
なんと言っても、揉めた相手は皇子なのだ。宮女と皇子では持ち得る力の差が歴然としている。
雨妹がたとえ髪を切られたと訴えても、相手が「そんなことは知らない」と言えばそちらの意見が通るだろう。
雨妹たち宮女の身が守られるのは、あくまで証拠が揃っている場合なのだ。
なのでそんな危ない皇子がいるのだったら、前もって教えて置いて欲しかった。
そんな雨妹を見て太子が苦笑した。
「まあ、変態呼ばわりも仕方ないことをしたようだから、気持ちはわかるよ。
大偉は色々あって、顔は見せないだろうと思っていたんだけどね。
それに知っていたら、立彬を通して君に忠告をしていたさ」
決して知らぬふりをしていたわけではないという太子の言葉に、雨妹も少し冷静になった頭で考える。
――確かに、皆があれだけ皇子の話をしていたのに、聞いていないとか変かも。
毎日の皇子の噂話の中で、誰からもあんな危ない皇子の噂を聞いていない。
あんな人の髪を問答無用で切ろうとする男を、無警戒だなんておかしいだろう。
皆、大偉皇子は来ないと思っていたからだろうか。
「うーむ」と考え込む雨妹に、太子が大偉皇子について教えてくれた。
「大偉は、皇后陛下の唯一の子なんだ」
皇后の皇子の噂は雨妹も聞いたことがある。
皇后がわが子を太子にするために様々な働きかけをしたが敵わず、つい昨年成人を迎えて、後宮を出されてしまったという話だったはず。
――そんな立場なら、むしろ頻繁に後宮に通いそうなものだけど。
母や祖母と面会を繰り返し、自分の方が太子に相応しいと主張するのが、正しい対抗馬の在り方ではなかろうか。
首を捻る雨妹に、太子が続ける。
「大偉には皇后陛下が不貞を働いた末に生まれた子ではないか、という噂があるんだ」
――ああ、ドラマでもよくある、ドロドロ展開の典型的お約束ね。
皇帝の子を持つことが身分を保証する後宮において、子種を余所の男に求めることは、日本と違ってDNA鑑定など存在しないこの国では、バレなければ通用する裏技である。
けれど子供が皇帝に似ず、違う男に似てくれば、当然疑われるだろう。
しかも後宮に近寄れる男は数が知れているもの。
なので安易かつ危険な裏技といえよう。
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