第27話 助けるためには

「なんだいそれは」


太子に尋ねられた雨妹(ユイメイ)は説明する。


「特定の食べ物に対して、身体が過敏に反応してしまう症状がありまして。

 友仁(ユレン)殿下はたぶんそれですね」


前世ではよく知られている症状で、子供が食べてはいけない食材の入った給食を誤って給仕されて救急搬送、という事例によく立ち会ったものだ。


「何故、そんなことになるんだい?」


「身体には、害になるものを排除する働きがあります。

 そのおかげで健康が保たれているんですが、たまに害ではないものを排除しようとしてしまう体質の人がいるのです」


「害ではないものの排除か、そんな体質があるのか」


「原因となる食材は多種多様です。

 ですからあらゆる食べ物が過敏症を引き起こす可能性を秘めている、と考えてください」


太子と雨妹のやり取りを、立彬(リビン)も女官も目を丸くして聞いている。

 本当に初めて聞く話らしい。

 太子は雨妹の話に「うーん」と唸る。


「……なるほど。

 体質ならば友仁だけに症状が出るから、違う体質の者が毒見しても意味がないということか」


「そういうことです。

 症状が軽ければ肌が痒い程度で済むのですが、重症ならば命に係わります」


「命に係わる」という言葉に、太子はさっと真剣な顔になる。


「友仁は、死んでいてもおかしくなかったと?」


「場合によっては。

 友仁皇子殿下は食事の際に肌が赤くなって痒がったり、咳が出て苦しそうだったりしませんでしたか?」


雨妹の質問に、太子が「ああ」と声を漏らす。


「血を吐くかと思うくらいに咳をして、息苦しそうだったな」


「まさにそれが過敏症の症状です、しかも重症の類の」


友仁皇子はきっと、死ぬかもしれない程に苦しかっただろうに。

 雨妹は、その苦しむ様子を想像して顔をしかめる。

 重症ならばすぐに対処するべきなのに、「呪い憑き」呼ばわりして叱責するなんて。

 皇太后は弱者に優しくできない心根の持ち主なのか。

 それにしても皇帝も出席する宴の場に、侍医が控えていないはずがない。

 医者のくせに、患者への「呪い」なんて言葉を受け入れるとは、なにをしているのか。


 ――もう一度勉強して出直してこい! って怒鳴ってやりたい!


 雨妹は腹の底から怒りが湧いてくる。

 ムカムカしている雨妹を余所に、立彬が難しい顔をする。


「しかし食事が原因とわかったと言っても、宴のこと。

 様々な料理が並んでいるのですよ。

 それからどの食材が原因なのかを探すのは困難でしょう。

 かといって、胡(フー)昭儀の屋敷で出される食事を探るのも、妙な疑いを持たれかねない」


確かに、血液検査で調べる手段がないこの国で、それらを全て調べるのは骨が折れる作業であろう。


「そうだね、原因追及は難しいかもしれない」


渋い顔をする太子と立彬に、しかし雨妹はあっさりと告げる。


「そんなことをする必要はありません」


この言い方が少々薄情に聞こえたようだ。

 立淋がじろりと睨んでくる。


「何故だ、友仁皇子殿下はこのままでは死んでしまうのだろう?

 このまま放っておく気なのか?」


先程女官がいた場では面倒そうな態度だった立彬も、子供を死に追いやることはしたくないようだ。

 こうしてきつい口調で言ってくる立淋を、雨妹は負けじと見上げる。


「もちろん、お助けしたいですとも。

 そうではなくて、どの食材が過敏症になりやすいか、予想がつきますから」


この言葉に、太子たちは目を丸くする。


「雨妹は、なにが原因だと考えているんだい?」


尋ねる太子に、雨妹は自分の推論を語る。


「今のところ卵と牛乳が最も怪しいですね。

 この手の症状の原因は、卵・牛乳・小麦が代表的なのです」


しかし友仁皇子が饅頭を好むならば、小麦は大丈夫だということ。

 他の食物を疑うのは、この二つを調べた後でした方が効率的だ。

 告げられた食材に、静かに話を聞いていた女官がぽつりと漏らす。


「卵と牛乳なんて、随分と贅沢な病気ですのね」


彼女の感想に、雨妹も頷く。


「小麦などは庶民の噂になっているかもしれないですけど、高級品である卵と牛乳が庶民の口に入ることは稀です。

 食べる人が圧倒的に少ないからこそ、これまで認知されていなかったんでしょうね。

 そして贅沢好きな皇太后ならば、卵と牛乳をきっとメニューに取り入れているはずです」


この雨妹の意見に、太子も納得顔で告げる。


「確かに、皇太后は卵と牛乳の料理を好むな。

 それに友仁は、饅頭は好きなのに蒸しパンは食べない」


「蒸しパンには卵が使われていますから。

 過敏症の人は、自然と原因のものを忌避するものです」


太子の言葉に、雨妹は己の推論が正しいことを知る。


 ――ということは、卵は決定か。


 卵が使われる蒸しパンは、下っ端宮女の雨妹は滅多に食べられない高級おやつだ。

 王美人のところのおやつで出たら幸運であり、いつか江(ジャン)貴妃に持って行ったお見舞いの蒸しパンだって、美娜(メイナ)が特別に作ったものだったりする。

 皇子という身分ゆえに蒸しパンを供されるのだろうが、それが害になるとは皮肉な話だ。

 だがあくまで体質なのだから、適切な治療をして原因を取り除けば、ちゃんと健康に暮らせる。


 ――なのに、あんなに痩せるくらいに子供を追いつめるなんて。


 雨妹は怒りに火がついた目で、皇太后の宮のある方向を睨む。

 そんな雨妹を、太子が興味深そうに見ていることに気付くことはなく。

 それからどうやって友仁皇子を助けるかを相談するのだった。

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