第28話 雨妹という宮女
話を終えた雨妹(ユイメイ)が去った部屋で、明賢(メイシェン)は女官が淹れ直したお茶で喉を潤していた。
立彬(リビン)こと立勇(リーヨン)は雨妹を送らせていて、この場にいない。
「まったく、あの娘には会うたびに驚かされる。小さな嵐のようだな」
明賢は椅子の背もたれに身体を預け、大きく息を吐く。
「いいではありませんが、元気がよくて」
そう言って明賢にお茶を淹れ直しながら、クスクスと笑う女官の名は王秀玲(ワン・シュウリン)。
明賢の乳母だった人で、立勇の母親である。
明賢の母親は皇太后からの様々な嫌がらせのせいで心を病んでおり、自身の宮に閉じこもって生活していた。
そんな中で、秀玲は母としての温もりを与えてくれた人だ。
なので明賢は昔から彼女には頭が上がらなかったりする。
「秀玲、雨妹をどう思った?」
明賢の質問に、秀玲はしばし考えるようにして答える。
「なかなか利発そうなお嬢さんでしたね。
まだ来たばかりだということなのに、ずいぶんとここに馴染んでいるようで」
「そうなんだよ。
立勇が言うには、あの娘はいつも楽しそうにしているとか」
雨妹は敵視されている先輩宮女に、日々嫌がらせを受けているという話なのに、その影響を全く感じられず。
むしろおやつを貰える人と仲良くなって、饅頭を幸せそうに頬張っている姿は、後宮での生活を満喫しているようだ。
「実に図太い性格をしているようだね」
明賢がしみじみと言うと、秀玲が淹れたお茶を差し出しながら告げる。
「張(チャン)美人の面影はありますが、彼女よりも気性が激しいように見受けられます」
「……本当に、一体誰に似たんだろうね?」
雨妹の父母とも、あのような性格ではないはずだが。
彼女の母である張美人は、後宮で生きていくには優しく、気弱過ぎた。
雨妹にはそんな母の気性が受け継がれず、むしろ弱き者を目にすると突撃しかねない激しさが垣間見える。
雨妹が公主として存在できていたならば、きっと明賢にとって大きな手助けとなっただろうに。
――本当に、掃除係にしておくのはもったいないな。
明賢はあの才能を惜しみながら、しかし違うことも思う。
もし雨妹が公主であったならば、後宮で宮女となることはなく。
故に彼女に命を救われた玉秀(ユウシォウ)は、助からなかった可能性が高い。
それを考えると、雨妹が宮女であってよかったとも言える。
そしてあの時玉秀を助けたように、きっと友仁も助けるのだろう。
そんな雨妹を皇太后の手から守るのが、明賢の役目だ。
「今度こそ、私はあの娘を守るよ」
明賢がそう決意を語ると、秀玲は深々と頭を下げる。
「殿下のお気持ちに、私どもは従うまででございます」
どこまでも付いて来てくれる秀玲たちに、明賢は有り難くもあり、申し訳なくもある。
「そのために、立勇にますます頑張ってもらう必要があるけどね」
明賢自ら動くと皇太后を刺激してしまう。
そのため今のところ、雨妹のことを安心して任せられるのは、信頼する立勇しかいない。
ただでさえ近衛の彼に宦官のフリまでさせているのに、さらに仕事を増やしてしまうのは心苦しいのだが。
明賢の苦悩に、秀玲はニコリと微笑んだ。
「殿下のお役に立つことはあの子の喜びでしょう。
ぜひ存分に使ってやってくださいませ。
大丈夫、これしきの事でへばる息子ではありませんから」
その笑顔はまるで谷に子を落とす獅子のようだと、明賢は思った。
ちょうどその頃。
「クシュッ!」
雨妹を送って前を歩く立彬が、ふいにくしゃみをした。
「風邪ですか? 立彬様」
「いや、違う。
誰か私の噂をしている気がする」
雨妹が尋ねてくるのに、立彬は鼻をムズムズさせながら返す。
「そういう時って、たいてい悪口だったりするんですよねぇ」
雨妹がしたり顔で語る一般論に、立彬は顔をしかめる。
「……きっと母上だな」
その小さな呟きが雨妹に拾われることはなかったが、ある意味母子で気持ちが通じているのであった。
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