第26話 皇子の呪いの正体

 今までのことをざっと語られたのを聞いた太子は、納得顔で頷く。


「なるほど、友仁(ユレン)に会ったのか。

 しかもあまり良くない場面に出くわしたようだね」


 ――あれ、皇子の脱走の件には驚かないんだ。


 雨妹(ユイメイ)の方が逆に驚いてしまっていると、太子が話しかけてきた。


「雨妹、話の前にお茶でも飲もうか。

 ちょうど休憩したかったところだ」


「では、すぐに準備をします」


この言葉に女官がすぐにお茶の手配をしようとするのに、雨妹は少々遠慮がちに尋ねる。


「あの、お饅頭食べてもいいですか?」


懐から饅頭の包みを出した雨妹に、その女官がニコリと笑う。


「では、温め直しましょうか?

 ちょうど湯を沸かすために火が入っていますから」


さらにはそんな嬉しい提案をしてくれた。

 下っ端宮女に対して、なんとも優しい人である。

 あの皇子を連れて行った女官とえらい違いだ。


「はい、お願いします!」


というわけでホカホカになった饅頭と、花の香りのする高そうなお茶で、おやつタイムとなった。


 ――うーん、美味しい!


 雨妹は饅頭に齧り付きながら、幸せをかみしめる。

 電子レンジなんてない世界では、温かいおやつは最高の贅沢だろう。

 その様子を微笑みながら眺める太子も、お茶と葉っぱの形をした綺麗な焼き菓子をつまみながら、しばし休憩である。

 立彬(リビン)は休憩には加わらずに待機の姿勢だ。

 この場では、どうやら雨妹が客の立場であるらしい。

 一番下っ端の宮女なのに、変な感じである。

 雨妹が饅頭を食べ終えてひと心地ついたところで、太子が切り出した。


「さて雨妹、友仁のことだったね」


「あ、はい」


まったりとした気分だった雨妹は、慌てて頷く。


 ――危ない、おやつが幸せ過ぎて目的を忘れそうになってた!


 そんなこちらの心境が透けて見えたのだろうか、立彬がジトリと見ているのがわかるが、すまし顔でスルーする。

 そんな静かな攻防を見ないふりをしてくれる出来た太子は、友仁皇子について語ってくれた。


「私が最初にその光景を見たのは、父上主催の宴の席だった」


母である胡(フー)昭儀に連れられた幼い友仁皇子は、父に挨拶をした後、女官に連れられ席について、食事を始めたという。


「けれど食事を初めてすぐに、異常に苦しみ出してね」


皆と同じ食事を口にしたはずなのに、一人だけもがき苦しむ友仁皇子に、会場は騒然としたらしい。

 当然毒を疑われたが、毒見役はなんともないし、同じ料理を食べた他の者も同様。調べても毒は検出されず。

 その時はたまたま体調が悪かったのだろう、という結論で終わったそうだ。


「しかし、同様のことが集まりの度に続いてね」


それが繰り返されると悪い印象がついてしまう。

 とうとう我慢できなくなった皇太后が、

「その子は呪い憑きゆえ、我の前に出すな!」

と叫んだのだという。


 ――なるほど、痩せているのは摂食障害か。


 食事をした際に辛い思いをした人が、食事という行為自体を忌避するようになる症状だ。

 皇子という食事に恵まれているはずの身分で、見た目にわかるくらいに痩せている理由としては納得できる。

 ともかく、友仁皇子が問題を起こした状況はわかった。


「宴の食事の内容って、陛下の好みに合わせるんですか?」


雨妹の質問に、太子は首を横に振る。


「いや、父上はなんでも召し上がるし、そのあたりに無頓着だ。

 だからたいてい、皇太后の好みの食事になることが多いな」


雨妹は「なるほど」と呟く。


「皇太后様は、お食事はさぞかし豪勢なものを召し上がられるのでしょうね」


「まあ、贅沢好きなのは間違いないね。

 いつも高級食材をふんだんに使わせるから」


雨妹の言葉に、太子は肩を竦める。


 後宮という場所はとにかく大金が一瞬にして消えてなくなる場所だ。

 その筆頭である皇太后が贅沢好きならば、その取り巻きも真似をすることだろう。

 太子は財政問題で頭を痛めているのかもしれない。


「もう一つ聞きたいんですが、友仁皇子殿下は饅頭なんか召し上がるんですかね?」


宴のことから急に話しが飛んだので、一瞬きょとんとした太子だったが、ちゃんと答えてくれる。


「食べるんじゃないかな?

 饅頭は好きだったはずだ」


「ふんふん」


 ――やっぱりそうか。


 納得顔の雨妹に、太子は目を瞬かせる。


「雨妹、もしや『呪い』の正体がわかったのかい?」


太子の問いかけに、雨妹はハッキリと頷いてみせた。


「はい、恐らくは」


「本当か!?」


「まあ……」


立淋や女官までも驚く中、雨妹は告げる。


「今聞いたお話で浮かぶ原因は一つ。

 食物アレルギー、つまり過敏症ですね」


この言葉に、一同が沈黙する。


「……あれるぎ? 過敏症?」


太子は聞き慣れない言葉なのか、立彬や女官を見るも、二人も首を横に振るばかり。

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