第4話 掃除は計画的に

雨妹(ユイメイ)は掃除を始める前に、ガラクタが置いてある場所へ戻る。

 掃除は効率的にしなければ無駄な時間を食うので、前準備を整えるためだ。

「ここにあるもの、貰ってもいいんですかね?」

「どうぞ、どうせ今度燃やすんだから」

雨妹が一応近くで休憩中の女にガラクタの処遇を訪ねると、そんな答えが返って来た。

 ここはどうやらゴミ置き場らしい。

 雨妹はゴミの中から竹竿と擦り切れ破れたボロ布を手に入れ、持ち場へ戻る。

 そして竹竿の先を踏んで軽く割れ目を作ると、そこにボロ布を挟む。

「うん、こんなもんかな」

出来上がった自作はたきは、手の届かない天井の埃やクモの巣落としに使うものだ。

 要は長いはたきである。

 恐らく天井の煤払い用の道具があるのだろうが、あの世話役らしい女の態度からして出してもらえるか謎だし、探す時間がもったいない。

 要は掃除できればいいのである。

 次に掃除で気を付けたいことは、綺麗にした後を自分が汚さないこと、汚れものを触って病気に感染しないようにすることだ。

 なので雨妹は掃除を始める前に持って来た布を頭巾にして髪を纏め、埃を吸ってくしゃみをしないようにマスク代わりに顔の下半分を布で覆う。

 次に感染対策だが、残念ながらこの世界にはゴム手袋がない。

 仕方ないので後でしっかり手を洗うことにする。

 そして後で消毒液作成用のアルコールを探したい。


 身支度が整ったところで、掃除開始だ。

 室内に入っていいのかがわからないので、まずは回廊の掃除から始める。

 掃除の基本は上から下へだ。

 まずは自作はたきで天井の埃を床に落として回る。それが終わると箒で床に落ちた埃を集める。

 それが終わると拭き掃除だ。

 床はもちろん、柱や欄干に窓ガラスも丁寧に拭いて行く。

 掃除に集中していると時が経つのを忘れ、気が付けば日が傾きだしていた。

「うわ、夕食を食べ損ねる!」

雨妹は慌てて掃除道具を片付け、帰り支度を始める。

 後宮に入る前に、おじさんから揚げ饅頭を買ってもらって本当に良かった。

 でなければ、お腹が空いて体力が持たなかったかもしれない。

 体力仕事をすればお腹が空くので、労働者はお腹が空けば昼食代わりに間食をするのだ。

 掃除道具を抱えて戻ろうとしていると、そこにお供を一人連れた女がやって来た。


 華やかな容姿というわけではないが、落ち着いた雰囲気のある人で、着ている服は絹である。

 もしやここの主だろうかと、雨妹は慌てて頭を下げる。

「まあ、綺麗になっているわ」

「ようやく掃除の人員を回してもらえたのでしょう」

建物を見て感心する女に、お供の人もホッとした風に言う。

 どうやら雨妹の掃除は合格のようだ。

 雨妹は頭を下げたまま小さくガッツポーズをする。

 がしかし、厳密には掃除は終わっていない。

 雨妹は少しだけ頭を上げて女に申告する。

「あの、中に入る許可があるのかわかりませんでしたので、中の掃除はまだですが」

中に入ってガッカリされてはいけないと思い、外から見える回廊部分の掃除ができただけだと伝えた。

 そして喋りながら、顔に巻いた布を外すのを忘れていたことに気付く。

 きっとフガフガと聞き取りにくかったことだろう。

 慌てて頭巾とマスク布を外し、顔を晒す。

 ――危ない、怪しい奴だと思われるところだった。


「まぁ……」

布の下から案外若い顔が現れたからか、女もお供も驚いた顔だ。

「あなたが一人で掃除を?」

女が不思議そうに目を瞬かせる。

 普通なら数人で掃除をするものだと言いたいらしい。

 皇帝の妻や女官は自ら掃除なんてしないはずだが、掃除をする光景は見ているので知っているのだろうか。

「一人しかいないもので」

雨妹は素直に答えた。

「それはご苦労さまでしたね」

女が労りの声をかけて来たので、雨妹は内心「おや?」と首を傾げる。

 普通妃嬪に選ばれるのは家柄の良い女がほとんどで、そう言ったお嬢様育ちは掃除の苦労なんて知らない。

 けれど目の前の女は、掃除を苦労だと認識している。

 ――もしかして、元宮女の人なのかも。

 雨妹の母もそうだったのだから、あり得る話だ。

 そう考えると、俄然親近感が湧いてきた。

「では、明日にでも中をお願いします」

雨妹が勝手に親密度を上昇させていると、お供の人がそう告げて来た。

 そうしたいのは山々だけれど、明日の自分の掃除区分を自分で決めれるのか謎だ。

「……上司に聞いておきます」

雨妹はとりあえずそう答えておいた。



雨妹は夕食に間に合うようにと、掃除道具をガチャガチャ言わせながら早歩きで戻った。

 するとちょうど頃合いだったようで、台所から美味しそうな匂いが漂ってくる。

「っていうか、掃除道具はどこに仕舞うのよ」

誰かに尋ねようとした雨妹が目についたのか、離れた所からあの世話役の女が大股で歩み寄って来た。

「掃除できたんでしょうね?」

念を押す言葉とは裏腹に、表情が「どうせ大したことをせずに帰って来たんだろう」と言っている気がする。

 雨妹は女を真っ直ぐに見て答えた。

「はい、あのお屋敷の外回りの掃除は終わりました。そして屋内の掃除を明日お願いしたいと、お屋敷の方から頼まれています」

本日の掃除具合を報告する雨妹に、女は「終わった?」と小さく呟くと眉をひそめた。

「どうして中を掃除しなかったの?」

責めるような声音だったので、時間がなかったという理由は言わない方がいいなと思った。

 第一、時間があっても自分は屋内には入らなかっただろう。

「入っていいと言われませんでしたし、尋ねる人が誰もいませんでしたので」

雨妹の言葉に、女は鼻に皺を寄せた。この仕草は癖なのだろうか。

「……田舎者のくせに、こざかしい」

そう小さく言い捨てて、女はまた大股に歩き去っていく。

 どうやら彼女は、雨妹にわざとそのあたりを説明しなかったらしい。

 たぶん勝手に入って盗みを働こうとした云々と文句を言う気だったのだろう。

 前世の華流ドラマでありがちなイジメパターンだ。

 ――なんか、面倒なのに当たったなぁ。

 雨妹はため息をついて、掃除道具を仕舞う場所を別の宮女に聞きに行くのだった。

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