第5話
「桜だ」
思い出した。あいつを家に初めてあげた時も、この時期だった。もう一年経つのだ。
「ここから見えたっけ?」
「いや、コレ」
ベランダに落ちていた花びらを渡す。部屋の明かりに照らされて、それの色が鮮やかになった。近くに咲いてはいないが、どこかから風で飛んでくるのだ。
「へーどっから来たんだろ」
「さぁね」
「見に行く?」
「は?桜を?」
外出を提案してくるのは珍しい。正直めんどくさい。
「メシのついでにさ」
お互い腹が減ってきたので、洗濯物を干し終えたらどこかに食べに行こうという話になっていた。
駅へいけば、ロータリーに咲いている桜がある。いつもの居酒屋へ行くとしたら、少し遠回りになるが、それくらいなら俺も許容範囲だ。
作業を終えて、俺とあいつは家を出る。桜の時期といえど、夜はだいぶ冷え込む。洗濯物は乾いてくれるだろうか。週間予報で雨のマークを見なかったから、いずれ乾くだろう。
駅へ向かおうとすると、あいつがそれを止めた。
「あ、こっちこっち」
駅の桜以外に咲いている場所なんて俺は知らない。
「なにどこ行くの」
「いーから」
そう言うと、あいつは駅に向かう道をそれて、路地にある小さなコインパークに入っていった。
車?
何台か停めてあるうちの一台のライトが光り、あいつが助手席のドアを開ける。俺は少し離れたところから呆然と見ていた。
「乗っていいよ」
あいつが車を持っているなんて、聞いたことがなかった。
そもそも俺の見ていないところで何をしているかを知らないのだ。こういうこともあるのかもしれない。
「車なんて持ってたんだ」
精算機から戻ってきたあいつに声をかける。当然運転席に乗った。
「まーねー」
こうやって曖昧に返事を返されることも多い。それもあって、余計なことは聞かなかったのだ。
「んで、どこ行くの」
「腹減ってるからとりあえずメシ」
車というのは、必然的に運転席の人間が主導権を握る。普段俺の家でダラダラ過ごしてるあいつにそれをされるのは癪だったが、不思議と嫌な気分ではなかった。
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