第56話 甘いのはお好き?

 大神官室で私と、父、ビションフリーゼが、のんびりお茶を楽しんでいた。


「あ、リオちゃんの好きなお菓子あるよ。

 ベリーのジャム乗ってるヤツ。」


「何故それを知ってるのですか?」


 父が棚から持ってきたお菓子の箱を見つめる。箱入りもあるんだ。このお菓子、バーミラでお気に入りになったばっかりなのに。こわっ!

 とか思いながらも口にいれた。やっぱり美味しい。父の肩に乗っているビションフリーゼもお気に入りで、ザクザク小気味良い音を立てて食べている。


「先の大戦では魔王の目的はラグドール皇国そのものを手に入れることだったのですよね?」


「まぁ、ラグドール皇国は世界的に見ても大きい国だからね。ラグドール皇国を攻め落とした後に一気に世界を自分の物にしようとしたんじゃないかな。

 いや、滅ぼそうとしたのか。」


 父が淹れ直したばかりのお茶に何個目かの角砂糖を入れている。


「シヴァ神は破壊の神だ。」


「シュナンちゃん・・・。」


 ビションフリーゼが悲しい目をした。このお菓子、シュナンも好きだったな。


「もし、シュナンが9柱の神様達に勝ったとして、ラグドール神殿を手に入れたとします。実質的にはラグドール皇国を手中に納めたことにはならないでしょうか。」


「彼の性質的にそれで満足する?」


「・・・。」


 正直、シヴァ神様のことは良くわからない。ただ、あの無邪気な笑顔が純粋に恐いと思ったのは事実だ。

 父が角砂糖で明らかに飽和状態のお茶を美味しそうに啜った。


「そこで、登場するのがリオちゃんの『魅了』なんだよね。」


「『おねだりの術』ですね?」


 父が頷く。

 魔王に直接攻撃できない神官わたしの唯一の武器。


「ちょっと危険もあるけど、上手いとこ魅了させちまえばこっちのモンだ。」


 無意味にウィンクなんかしてくるおじさんは問答無用で無視。


「神界なり魔界なりに、速やかにお引き取り願う訳ですね。」


「まぁ、そこはリオちゃんに任せるよ。」


 父がカップを置いた。

 カップの底に溶けきらない砂糖が沈殿している。


「逆に誘惑されないようにしなきゃね。

 ルシファー様に。」


 ビションフリーゼが父の肩から私に向かって言った。


「うっ・・・(汗)。」


 それは自信ない。


「ロザリオってば、キレイで可愛い~モノに弱いもんね。

 甘いモノにもー。」


 ビションフリーゼの冷やかしにぐうの音もでない私。


「だっ!大丈夫だよ!

 リオちゃんの方がアイツより数倍・・・いや、数万倍、キレイで可愛くて甘いからっ!!」


「お父様・・・。」


 父に言われると、かなり信憑性に欠けるな。

 甘いって何よ?


「私。精神の鍛練に行ってきます・・・。」


 よろめきながら立ち上がった。


「うん。気をつけてね。」


 振り返ると父はもう書類に目を通したりして、事務処理を始めている。ビションフリーゼはその姿をうっとりと見つめている。


「ビション。

 もう行くよー。」


「働くオトコってステキ♡」


 ビションフリーゼが私の肩に飛んできたのを確認して扉を閉めた。



 ───精神の鍛練。

 要は草むしりだ。

 麦わら帽子を被り、神殿の周りに生えた草を一心不乱に引っこ抜きまくる。その様子をビションフリーゼが木の上からのんびり眺めていた。


「日焼けはお肌の大敵ヨ~?」


「もう夕方だし。」


 夢中になっていたらいつの間にか太陽が西の山の端にいる。

 キリの良いところで作業をやめて、薔薇が咲き乱れる庭園に移動し、噴水の見えるベンチに腰掛けた。


「こんなに長閑でいいのかしらねー。」


「そうね。

 そういえば、あのケーキ美味しかったよね。また食べたいなぁー。」


「セイヴァル様に頂いたケーキね?

 あれ、限定じゃなかった?」


「限定のじゃなくてもいいから、食べたい。」


「アンタねー、

 精神の鍛練はどーなったのよ?

 外出時間も過ぎてるし。」


 いつになく手厳しいビションフリーゼ。ケーキの話に乗ってくると思ったんだけどなー。

 そういえば、アレってビションフリーゼにも効くのかな?一応オスだし。

 眼鏡を外して、ビションフリーゼを掴んで持ち上げた。角度はこんなもんかしら?


「やっ・・・!ヤメなさいよ!?ロザリオ!!」


 ビションフリーゼは暴れるけどガッチリホールドしているから無駄だ。


「ロザリオのぉ~♡一生の~♡お・ね・が・い♡♡♡」


「うはっ!?」


 ビションフリーゼがガックリと首を項垂れた。


「おーい、ビション?」


 顔を上げたビションフリーゼの黒い円らな瞳がトロンとしている。『おねだりの術』が成功したようだ。


「ビションちゃんっ、お願い聞いてくれる?」


「アラぁ~♡

 ロザリオのお願いなら何でも聞くワよ~。」


「あのねー、人気のお店のスイーツ買いに行こうよ~♪」


「行きましょっ!行きましょっ!」


 スキップする私とその頭上をバッサバッサ飛び回るビションフリーゼ。


「ロザリオ神官。」


 背中に氷の様な冷たいオーラを感じて、ピタリとスキップを止めた。ビションフリーゼは頭の千切れたトンボの様に、まだグルグル飛び回っている。

 ごめん。ビションちゃん。


 恐る恐る振り返る。

 兄が腕を組んで私を睨んでいた。

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