第55話 神とは戦えません

「それは確かなのか?」


 ジンさんが静かに言った。

 その言葉に私は頷く。


「他の神様もそう呼んでいましたから。

 間違いありません。」


「他の神って・・・会ったの?」


 セイヴァル様が身を乗り出した。心なしか目がキラキラしている。


「ええ、夢の中で、ですが。」


「夢?」


 セイヴァル様が意表をつかれた顔をしている。それを見て、私はズレたビン底眼鏡を押し上げた。


「正しくは夢とうつつの狭間、というのでしょうか。

 9柱の神様が私の配偶者選びをしておられました。」


「・・・うん。」


「そこに現れたのがシュナン・・・いえ、シヴァ神様だったのです。シヴァ神様は自分にも大神官を娶る権利があると言い、ヴィシュヌ神様が彼に条件を出しました。

 それが、他の9柱の神様との勝負に勝つことです。」


 私は夢の中の出来事を辿るようにゆっくりと話した。神官の皆とは違い、俄に信じ難い顔のセイヴァル様。


「待て。

 シヴァ神がその勝負に勝ったらどうなる?」


 兄が口を挟んだ。


「その場合、ヴィシュヌ神様はこのラグドール神殿をシヴァ神様に譲る、と。」


「シヴァ神が魔王でも?」


 強い眼差しで兄が私を見つめている。シュナンは他の神様も自分が魔王であることは知っていると言っていた。勿論、ヴィシュヌ神様も承知の筈。


「神の定めに我々は従うしかない。」


 父が兄を諫めるように金色の右目を向けた。

 怖ず怖ずとセイヴァル様が手を挙げた。


「あの、ちょっといい?」


「何?セイ君。」


 セイヴァル様に笑顔を向ける父。別にいいけど、ギャップね。


「ロザリオの夢の話を信じるとして、アイツ、『魔王ごっこは別件が片付いたら』的な事言ってたよね?

 別件ってその、他の神と戦うってこと?」


「多分、そうだろうな。」


 兄がソファに凭れ掛かって答えた。


「その別件に勝ったにしても負けるにしても、『魔王ごっこ』の続き、アイツ絶対来るだろ?

 どうするんだ?」


「魔王がシヴァ神様だと知ってしまった以上、神官わたし達は神とは戦えません。」


「僕達にできることは怒りを鎮めてもらうまで祈るだけかな?

 しかし、知らぬとはいえ、神様封印しちゃってたなんて、前代未聞。すごいよね。」


 私の後に続いて父が呑気に言う。


「いやいや、アイツ別に誰にも何にも怒って無いと思うけど。」


「ま、そんなに心配しなくても、他の神もそんなに簡単にはヤられないさ。」


 兄がお茶の入ったカップを持ち上げようとした。

 ───途端に真っ二つにカップが割れる。


 コンコン。


「会議中失礼します!」


 ジンさんが立ち上がって部屋の外に出た。

 沈黙のままジンさんを見送る。


「お茶、淹れ直しましょう。」


 割れたカップと零れたお茶を片付けて、再びティーセットのあるサイドテーブルに。

 セイヴァル様が腰を上げて大振りの剣を帯刀した。


「とりあえず、オレとキャルロットは一旦、城に戻るよ。

 神官オマエ達が戦えないなら、騎士オレ達が戦うしかないってことだろ?

 それまでにコイツも使えるようにしなきゃな。」


「すみません。セイヴァル様。

 その代わり、魔物ザコ達は私達が容赦なく殲滅致しますので。」


「出た。悪リオ。」


 セイヴァル様に促されてセラフィエル様が渋々立ち上がった。名残惜しそうにセラフィエル様が私を見つめている。

 ・・・私、その瞳には弱いのですけど。


 セイヴァル様が扉を開けると、ジンさんが神妙な面持ちで立ち塞がっていた。


「うわっ!」


 思わず声を挙げるセイヴァル様。


「どうした?副大神官?

 ヌリカベみたいな顔して。」


「大神官っ!」


 ジンさんに向かって茶化す父を強く咎めた。


「北の・・・キムリック神殿のクールマ神像が何者かに破壊されたそうだ。」


 呟くように語るジンさんから、皆、目を離せないでいた。

 それはシュナンがクールマ神様との勝負に勝ったということ?え?破壊??


「「「・・・はやっ!!」」」


 一同の声が謀らずも揃ってしまった。


「オレ達、急ぐわ。

 何かあったらすぐ呼んで?」


「アタシがすぐお迎えに行きますぅ~!!」


「うん。ヨロシク。ビション。」


 いつの間に仲良くなったんだろう。セイヴァル様とビションフリーゼ。


「さて、今後の話をしよう。」


 セイヴァル様とセラフィエル様が部屋を出るのを見送った後、父が大神官の椅子に座り、腕を組んだ。


「副大神官は各神殿に警備強化の伝令出して。・・・ってもう、した?」


「ついでに結界の強化も伝えてある。」


「ダル君は誰か連れてキムリック神殿の様子を見てきてくれるかな?」


「了解。」


「リオちゃんは~、いろいろ伝えなきゃいけないこともあるから、ちょっと残ってね。」


「了解です。」


 特に慌てる素振りもなく深く息を吐く父。


「とりあえず、魔王を封印できなくなちゃったから、別の方法を考えなきゃね。」

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