第54話 地味子、復活

「リオちゃんっ!」


「ぐふっ!」


 大神官室の扉を開けた瞬間に、大神官である父に抱きつかれた。流石のビションフリーゼも勢いに負けて、飛び跳ねる。そのままパタパタと近くにいた兄の肩に避難したようだ。


「また、ワンちゃんっ飼ってあげるからねぇ~っ!!グスッ」


 私の代わりに泣いてくれてたんですね。この人。

 部屋に入ると、ジンさんと兄、セイヴァル様とセラフィエル様が応接のソファに座っていた。


「匂い取れた?」


 セイヴァル様がニヤニヤ笑いながら言った。


「持ってきてはいますよ?」


 胸のポケットから例の香水をチラつかせる。

 皆の顔が青ざめるのが面白いな。

 コレは使える・・・。


「リオが悪い顔してる。」


「悪い顔も悪くない。」


「悪リオ。」


 何のこっちゃ。


「ん?」


 目の前にセラフィエル様が無言で私を見下ろして立っていた。同じ顔、同じ紫色の瞳なのにシュナンとはどこか違う。


「どうした?キャル?」


 セイヴァル様が後ろから声をかけた。


 むギュウーーーっ!


「!!???」


 セラフィエル様に思いっきり抱き締められている。

 え?ええーーっ???


「おいおいおーい!!何やっちゃってんの!?」


「コラっ!!離れろよ!!」


 いち早く兄とセイヴァル様が引き離しにかかる。


「キャル君。おイタは駄目ですよーっ!?

 メーーっ!」


「大神官。消していい?コイツ。」


 全然恐くない父と必要以上に恐いジンさん。

 何か、シュナンでみんな慣れてると思ったら、そうでも無かったみたいね。私もだけど。



「と、言うわけで。

 リオちゃん、眼鏡バージョン♡」


 父がこちらを見てにっこりと笑った。

『悪魔から身を守る聖なる眼鏡』と編みなれた二つのお下げ髪。安定のビン底眼鏡の地味子復活です。


「あ、私、お茶淹れますね。」


 サイドテーブルに用意されたティーセットに気づき、私は立ち上がった。恐らく、先輩神官が準備してくださったのだろう。


「ちぇーっ。残念。萌えリオ。」


 セイヴァル様が口を尖らせた。


「しょうがないよ。

 リオちゃんの魅力が駄々漏れなんだから。

 因みにこの眼鏡にフェロモン抑制効果もあるから。」


 ダダもれ?

 フェロモン??


「臭いよりはマシだ。」


 兄が不快な顔を隠しもせずに言う。


「それに俺にとってはどっちのリオも『超絶可愛いリオ』でしかないし。」


「それは嘘だと思う。」


 即答したセイヴァル様を、何が?というキョトン顔で見つめる兄と、驚いて目玉が落ちそうな顔の父。この二人には私の姿がどう映っているのか本当に気になる。

 それより気になるのがずっと私に寄り添っているセラフィエル様だ。シュナンが去り際にかけた呪術で記憶喪失になっているはずなのだけど。私が顔を見つめていると、にっこりと笑顔で反すセラフィエル様。


「皇都に戻ったら、キャルロットを城に連れてくるように言われてんだよね。」


 セイヴァル様が面倒臭そうにセラフィエル様を見た。多分、騎士としてお城にいるよりも、神官として神殿にいることの方が良くなったのかもしれない。ちょっとした合間の聖水の精製や薬草作りにもハマっているようだ。


「いいよ。もう、城に帰れば?」


 更に面倒臭そうに吐き捨てる兄。

 ジロリと睨み付けるセイヴァル様にも全く動じない。


「でも、セラフィエル様、まだこの状態ですが。」


 その場にいる全員がセラフィエル様を見る。セラフィエル様は特に気にする様子もなく、私に向かって笑顔を見せて、また抱きついてきた。

 無言で引き剥がすジンさん。


「まぁ、とりあえず、男には戻ったんだからいっか?」


 セイヴァル様はそう言ったけど、シュナンがほぼ男として過ごしていたことを知っている私達は黙っていた。


「今までと違ってオレにも人見知りしないし。」


 シュナンに人見知りされてたこと、結構、傷ついていたんですね。セイヴァル様。


「だぁーっ。何かすっかり忘れてた!!

 ロザリオ神官!報告!」


 兄が立ち上がって、私を指差した。


「ああ、そうでしたね。えっと、何からお話しましょうか。

 シュナンはビションの頭の中を占領することで私と会話ができたんです。ビションが睡眠中に限られていたので、話をしたのは2、3度ですが。」


「『シュナン』がキャルロットじゃないと気づいたんだな?」


 私はただ頷いた。


「セラフィエル様は魔王に身体を完全に乗っ取られ、その瀬戸際に呪術をかけた。

 術者にしか解けない呪いがどうして解けたのかはわかりませんが、いつの間にか魔王は自分を取り戻していたのです。」


 横にいるセラフィエル様を見つめた。

 セラフィエル様の魂は魔王の体に入っていたのだろうか。


「何故、封魔の首輪を外した?

 魔王に唆されたか?」


「首輪を外したのは・・・

 私の意思です。」


 ガックリと肩を落とす兄。溜め息をつく。


「あのなぁ、リオ。さっきは魔王が攻撃してこなかったからいいものを・・・。」


「あの方は魔王ではないのです。」


「魔王じゃない?

 あんなに禍々しくて悪の化身みたいなヤツが?」


 言うべきか迷った。

 私達は神に仕える神官だ。


「リオちゃん。どういうこと?」


 父が眼帯をしていない金色の右目で私を見据える。私は深呼吸をして答えた。


「あの方はシヴァ神様です。」


 神官は神に背くことはできない。

 魔王の正体がシヴァ神だと知ってしまったら、私達はもう手も足も出せない。

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