第39話 乙女心

 父は引き摺られるようにジン様に連れていかれた。残された私と兄はナラシンハ神様の前で礼拝中。広い礼拝堂にたくさん長椅子はあるのだが、隣にいる兄の距離が近すぎるのはまあ、気にしないでおこう。

 父から帰り際に渡された『悪魔から身を守る聖なる香水』をとりあえずポケットにしまった。


「私よりシュナンの貞操の方がよっぽど心配ですけど。」


「なるほど。リオの盾になってるのか。

そう考えるとあいつも少しは役に立ってるのかもな。」


 どこかトゲのある兄の言葉。

 シュナンは私の心を癒してくれるので、とっても役に立ってると思うのだけど?


「それより、お父様の様子がおかしかったです。」


「あの人いつも変だろ。」


「う~ん。そうなのですけど、いつもとは違うような・・・。」


 いつの間にか兄が私の背後に来ていた。椅子に抱っこ状態はさすがに狭い。父と兄はたぶん私のことをまだ子供だと思っているフシがある。完全に扱いは3歳児だ。


「父上は予知夢を視たのかもしれない。」


 兄が呟くように言った。吐息が私の髪にかかる。私は視たことがないけど、父の金色の瞳は予知夢を視る。金色の瞳の持つ力は多種多様で個人差もあるようだ。


「殆ど外れることが多いけど。

『パパとリオちゃんの結婚式♡』の夢の話は100回以上聞いた。予知夢じゃなくて、ただの夢だと言っても予知夢だと言い張ってたな。」


「そうそう。その度にウエディングドレスの採寸をさせられましたね~。」


 もしかしたら父は、私に関するなんらかの予知夢を視たのだろうか。


「お父様の言う通り、恋をして結婚して子を生む事が女性の幸せだとしたら、私はとても不幸なのでしょうね。

 実の父から可哀想だと泣かれる程に・・・。」


 私を抱き締める兄の腕の力が強くなった。私の髪に顔を埋めたまま兄は何も語らなかった。


「・・・お兄様?」


「・・・。」


 寝ている。

 半獣人の神ナラシンハ様の彫像を朝日が優しく照らしている。

 そろそろ朝食の時間だ。シュナンはもう起きただろうか。

 静かに礼拝堂の扉が開いた。


「ここにいたのね。」


 シュナンとビションフリーゼだった。二人は私達のいるところまで近付いてきた。

起きたら私がいなかったからか、半べそのシュナン。すぐに私達の隣に座って私の手を握った。


「あら、ヴィダル様はおやすみ中なのね?

 寝顔も美しいわぁ♡」


 ビションフリーゼは昨日の夜も寝ている兄の顔を見て同じことを言っていた気がする。


「今、起こそうと思ってたところ。

 そうそう、さっきまでお父様とジン様がいらしてたの。」


 父のことを思い出してポケットから『悪魔から身を守る聖なる香水』の小瓶を取り出した。


「またしてもピッテロ様とジン様にお会いできなかったワ・・・。

 あの大人の魅力が堪らないのよね♡」


 シュナンの肩の上で地団駄を踏むビションフリーゼ。シュナンが不思議そうにガラスの小瓶を見つめている。


「『悪魔から身を守る聖なる香水』らしいんだけど・・・。」


 シュッと左手首に吹きかけてみた。

 鼻を近づけてみたけど何の香りもしない。


「何、コレ、ただの水?」


 もう一度吹きかけてみる。

 兄の腕が私の体から外れた。


「リオ・・・。なんかクサいぞ。

 それに何だ??力が・・入らない。」


「お兄様?」


 シュナンが鼻を押さえて私から離れ、じりじり後退りしていく。

 え?なんかすごく傷つくんですけど。


「あーもうっ!無理無理!!

 ごめんっ!リオ!」


 堪らず猛ダッシュで逃げ出した兄は礼拝堂の窓を開けて外の空気を吸っている。

 ええええ~っ???


「アタシは何の臭いもしないワよ?」


 ビションフリーゼが私の肩にとまった。

 ビションちゃん大好き!!心の友!


「コレ、男の人には強烈にクサく感じる臭いみたいね。」


 あ、そういうことね。


「私、みんなに嫌われないかなぁ?」


「手洗ったら?」


「そうだね・・・。(泣)」


 ビションフリーゼと一緒に礼拝堂を出た。振り返ると遠巻きに兄とシュナンが並んで私を見守っている。


 訓練所の隣にある女子トイレまで急いだ。

 途中、社務所の前でアイレン先輩に出会でくわす。


「お、おはようございます!アイレン先輩!」


「おはよう。ロザリオさん。

 なんかさ、さっきからこの辺りスゴく臭うよね。トイレかな?」


 ハンカチで鼻を押さえながらアイレン先輩が言った。


「私、見てきますね!」


 そう言い残し、小走りでトイレに入る。背後でアイレン先輩が、兄とシュナンに朝の挨拶をするのが聞こえた。


 石鹸で手首を念入りに洗ってみたけど、自分で臭いを確認できないのことに気づく。恐る恐るトイレから顔を出すと、兄とシュナンが訓練所の前に立っていた。


「おっ、もう臭くないぞ。

 良かったな。リオ。」


 その言葉を聞いてホッとひと安心。シュナンも頷いている。駆け寄ってくる二人を完全に無視してビションフリーゼと食堂に向かった。


「あれ?もしかして、怒ってる?」


 二人が悪くないのはわかってはいるのだけれど、思春期女子の心はとても傷つき易いのです。

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