第36話 この世界で最強なのは

「午後からも薬草臭い部屋で薬草をり回したり、水遊びしたり、どうでもいいくだらない馬鹿話するの?」


 いつの間にかセイヴァル様も食べ終えて珈琲を飲んでいる。珈琲を飲む仕草もとても優雅で見惚れてしまう。


「今、何点か失礼な言い回しがあったな。神官に対する侮辱と取っていいか?いいよね?」


「午後からは訓練所で訓練だよ。」


 被害妄想の激しい兄の代わりにアイレン先輩が優しく答えた。たぶん、セイヴァル様は兄とビションフリーゼの悪ノリに対してまだお怒りなんだと思いますけど。


「訓練って剣とか魔法とか?

 いいよなー。魔法が使えるって。」


 心から羨ましそうなセイヴァル様。意外に子供っぽい可愛い所もあるんだな。


「セイヴァル様は魔法がお得意ではないのですか?」


「得意じゃないっていうか、素質がなかったんだよ。」


 生まれながら持っている魔法の素質がなければ魔法は使えない。後天的に使えるようになったという例は今まで聞いたことがないので皆無と言える。セイヴァル様にはその魔法が使える素質がなかったようだ。


「へぇ。双子でも違うものなのですね。」


「キャルロットも素質ないけど。」


 私とビションフリーゼはシュナンを見た。見つめられてにっこり笑うシュナン。可愛すぎて死にそう。

 ・・・我に返る。

 シュナンの笑顔って本当に何処かにトリップしちゃうくらい悩殺されてしまうんだよね。話を戻して、脳内会話は『超能力』だとしても、『復元』は???私の所持品の魔法書を読んで、障気にやられて黒焦げになった私の手を元に戻した『復元』は魔法だよね?


「ロザリオ神官?報告は?」


 兄の低い声にギクリとする。あ、故意じゃないとはいえ、『復元』の事言ってなかったかも!?



 訓練所に場所を変えて、『復元』を使ったシュナンの話をした。セイヴァル様とアイレン先輩にも話がわかるように、クリシュナ神像のもとでシュナンと出会った話からになったけど。

 訓練所の床に5人と1羽で円を描いて座っている。というか、コラット神殿研修での私の班はこのメンバーらしい。


「・・・信じられない。

 っていうか、ありえない。」


 セイヴァル様が、私の腰に手を回してぴったり寄り添うシュナンを見て言った。その状況に対してではなく、シュナンが魔法を使ったことに対しての言葉だ。いや、この状況も含めてだったのかもしれないけど。


「ソーヴィニヨン家に魔法の素質を持つ者はいないんだ。

 だからこそ、剣術が磨かれて皇族付きの騎士が数多く輩出されている。」


 と、アイレン先輩。何でも知っていますね。やっぱり憧れます。


「てっきり、記憶を無くす前は賢者並みの魔法の使い手だと思ってました。

 打撃系の魔法は使えるかわからないのですが、相当上級者じゃないとあんなに鮮やかに復元魔法は使えませんから。」


 シュナンの腕の力が少し強くなる。私はその手をぎゅっと握ってあげた。


「・・・となると、その『黒い翼の様なモノ』の存在が関係してるかもしれないな。」


 整った口元に指を当てて兄が呟く。


「でも、実際見てみないことにはそれがなんなのか、正体がわからないよね。

 魔物なのか全く検討もつかない。」


 アイレン先輩は柔和な表情を崩すことなく淡々と言った。しゃがんだ姿勢でセイヴァル様が徐にシュナンに近づく。


「今の所はこの首輪で封じてるってことなんだろ?

 これを外すと出てくるってことか?」


「絶対に駄目です!!」


 セイヴァル様がシュナンの首輪に触ろうとするのを私は叫んで遮った。

 皆が凄く驚いた顔をしているのが見える。

 シュナンが私の手を強く握り返した。


「大丈夫。セイヴァル様も本気じゃないよ?」


 アイレン先輩が落ち着かせてくれるようにしているのがわかる。優しく諭すように話し掛けてくれている。


「・・・すみません。

 私、もうを見るのが怖くて・・・。」


 もう、泣きそうだ。

 怖い。

 あの『黒い翼の様なモノ』には2度と会いたくない。


「背中を突き破って出てくるなんてスプラッタ、俺でもトラウマになるよ。」


 兄が立ち上がった。

 取り乱しそうになる私に鼓舞するよう語りかける。


「でもな、ロザリオ。

 お前は歴代最高の大神官になる人間だ。

 誰よりも美しく、気高く、強くなければならない。」


 私が物心ついた頃から繰り返し聞かされてきた言葉だ。弱気になった時、逃げ出したくなる時に奮い起たせてくれるのは、いつも兄の言葉なのだ。


「お前が畏れ戦く物など何もない。」


 そう、この国でいいえ、この世界でわたしは最強だとずっと言われ続けて、それを信じてきた。


「そして、この世界で最強のお前を守れるのは俺だけだ。」


 兄もまた自分の言葉で、その身を、その心を奮い起たせてきたのかもしれないと、ふと、思った。

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