第35話 皇女の勅使
沈黙。
これ以上無い位の
『どうにかして下さいっ』との意を込めて、兄をジロリと睨む。
「お前、ノックくらいしろよな。」
気不味い雰囲気の責任を取ったつもりなのか兄がセイヴァル様に毒づいた。
「したんだけど。」
たぶん、騒いでたから聞こえなかったんだろうなぁ。
いつからいたんだろう。神殿内にいる安心感があったとはいえ、ここにいる誰もがセイヴァル様の気配に全く気づかなかった。
「オレ、一応皇女からの勅使なんだよね。伝えていい?」
「え!?あ、はいっ!」
思わず声が上擦るアイレン先輩。
セイヴァル様が黒い覆面を外す。私達は敬礼して姿勢を正した。
「皇女一行は皇都に帰還する。」
セイヴァル様の言葉にみんなの体が一瞬ピクリと動いた。
「キャルロット=セラフィエル=ソーヴィニヨンの身柄については本人の意思を第一に尊重したい、との皇女の御意向だ。以上。
・・・質問は?」
暫しの静寂。
セイヴァル様は一同の顔を見渡す。
「本人の意思ってことは、今すぐに皇都に連れてっていろいろ調べたりはしないってことか?」
兄の問いかけにセイヴァル様が頷いて答える。
「キャルロットの生死は確認できたし、居所もはっきりしてる。
まあ、本人が皇都に行くと言うなら連れて帰るけど、連れて帰ったところで元に戻す策が今のところない。
策が見つかり次第、また連れに来るだろうし。それに・・・。」
セイヴァル様がシュナンと同じ紫色の瞳で私を見た。
「ロザリオ=ビアンコ神官と行動を伴にしていれば、数週間後にはラグドール神殿のある皇都なんだろ?」
おお、そこまで情報を掴んでいましたか。
「はい。順調に行けば3週間後にラグドール神殿の研修予定です。」
それまではシュナンと一緒にいて良いということになるのかな?
不意に隣に立っていたシュナンが私の手を握っているのに気づいた。顔を見るとアメジストの瞳がいつにも増してウルウルしている気がする。可愛すぎて今すぐにでも抱き締めたい衝動に駆られてしまうが、ひとまず我慢。
「・・・で、本人の意思としては、このままロザリオ=ビアンコ神官の神官研修に同行するってことでいいのか?」
セイヴァル様の質問にしっかりと頷くシュナン。セイヴァル様もそれを見て同じ様に頷いた。
「じゃ、オレもそれに同行するから。よろしく。」
「は?」
「言ってみれば監視役。
疑り深くて煩い年寄り達を納得させるためだよ。」
神殿の陰謀説・・・。
皇族の会議室でもウチの兄みたいに想像力豊かな人物(お爺さん)が熱弁を奮っている姿を思い浮かべた。
「そうか。
じゃあ、お前も制服に着替えろ。」
偉そうに腕組みしている兄の横で、アイレン先輩が制服を持って微笑んでいる。いつの間に用意したのだろう。というか、どこから・・・。
「部屋まで案内するから、そちらで着替えてくださいね。」
神官の制服を着ることに特に異議を唱えないセイヴァル様。
「部屋はキャルロットと一緒で。」
「それは許さん。」
セイヴァル様の提案に憮然として答える兄。
「なんで?」
「シュナンさんはロザリオさんと同室だから。」
アイレン先輩が兄の代わりに答えた。
「うっそ。」
丁度、昼食時間だったので、皆で研究室を出て食堂に向かった。アイレン先輩はセイヴァル様が滞在する予定の部屋へセイヴァル様を案内に行っている。
朝礼で先輩神官達にご挨拶できなかったので、食堂に居合わせた方達には軽く挨拶を済ませた。皆さん私よりもシュナンの方に見惚れてどこか上の空・・・。なんだか、淋しいなー。
食事の準備を終えた頃に、セイヴァル様とアイレン先輩が揃って食堂にやってきた。ざわつく食堂。
「セイヴァル様♡♡♡
なんて麗しいお姿・・・♡」
私の肩にいるビションフリーゼから溜め息の様に言葉が零れる。
あー、皆さんの視点はこうだったのか、ということがよくわかった。アイレン先輩には申し訳ないのですが、人間どうしても美形の方に視線が釘付けになるものなのだ。
食堂の一角が貴族の晩餐会の様な綺羅びやかな雰囲気に包まれる。食べてるものは普通のパスタだけど。
「やっぱりさ、キャルロットはオレと一緒の部屋にしてもらえるか?
流石に女子と同室では皇女に申し訳が立たない。」
セイヴァル様が口元をナプキンで拭いてから兄に向かって言った。
「シュナンちゃんは女子よ。」
「それに、シュナンは極度の人見知りなんですよ。
セイヴァル様に馴れるまで一緒のお部屋にいられるかどうか・・・。」
セイヴァル様と同じ部屋の隅でプルプル震えるシュナンを想像してしまった。
「人見知りって・・・。
あのな、オレは仮にも弟だぞ。しかも、双子の。」
私の発言に呆れた様にセイヴァル様。
シュナンが私の後ろにそっと隠れる。
「えっ?
オレ、マジで人見知りされてんの?」
シュナンの反応に愕然とするセイヴァル様に、なんだか申し訳ない気持ちになる。人見知りというか、警戒してるだけなんだと思うけど。
「まあ、その辺りは追々な。」
兄が食後の珈琲を啜りながら言った。相変わらず食べるのが凄く早い。のに、スタイルいいんだよね。
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