第34話 残念ながら・・・

 蒸留していた聖水の最後の一滴がフラスコに落ちた。

 兄はシュナンではなく、ビションフリーゼの首根っこを掴んでいる。


「ヴィダルの言っていることは単なる俗世の与太話として、皇女側に疑惑を持たせるには充分な内容だよね。

 でも、ラグドール皇国の神官の常識としてはありえない。」


 アイレン先輩が静かに言った。


「アイレン。それ以上言うな。」


 低い声で兄はアイレン先輩の言葉を遮った。

 首根っこを掴まれているビションフリーゼは不思議な顔をして、兄とアイレン先輩の顔を交互に見比べている。


 ラグドール国の神官達は女性大神官が誰とも恋愛できないことを知っている。

 男性に比べて極端に少ない金色の瞳で生まれた女性大神官は、その生命を与えられた瞬間に神の配偶者となる事が決まり、その一生を神に捧げる。こういう話題ってウチでも結構タブーな感じもあったし、ビションフリーゼにも言ってなかったのかな、と気づく。

 生来の他人や物に興味があまり湧かない気質もあり、特に気にもしてなかった私。可愛い物や美しい物に目がない様になったのは、常に一緒にいるビションフリーゼの影響が大きい。

 

「キャルロットをこのまま皇女に引き渡す事が、一番面倒臭くなくて、手っ取り早い。」


 兄が自信満々に極論をエラそうに言った。

 それができてれば、そもそもこの話し合いはしてない。


「何にしても、キャルロットさんを引き渡したところで元に戻らなかったら?

 皇族側としては、神殿の閉鎖的で秘密主義なとこって結構、鼻持ちならない感じあるから、一筋縄に解決にはいかないって。」


 アイレン先輩が冷静で良かった。


「戻らなかった場合か。」


 チラリと私を見る兄とアイレン先輩。


「その場合もリオに矛先が行く、な。」


 ラグドール国の長い歴史の中で皇族と神殿の対立は何度かあった。小さい紛糾いざこざから大規模な戦争まで発展したこともある。どんなに些細なことでも皇族との争いは避けたい。女性大神官が神以外と結ばれることはないと主張したところで、信じて貰えるかどうか。


「神殿と私の身の潔白を証明するためには、シュナンにはセラフィエル様に戻ってもらわなければいけない、ということですね。」


 シュナンの記憶を元に戻すことが当初からの目的だったはずだけど、いろいろ巻き込まれて何だか大事になってきたな・・・。


「正直、シュナンの記憶が戻った時に記憶と声を奪った者からの報復が怖かったんですけど、ラグドール国からの守護があるのなら安心ですね。」


「ラグドール国の皇族が犯人だったら?」


 またしても兄がくだらないことをのたまう。


「あのですね、皇女と国の英雄とのご成婚なんて、これ以上ない位、よろこばしい話をぶち壊しにして何の得があるというのですか?」


「得を前提とするなら理由なんかいくらでもあるさ。

 国にとって大きな出来事があれば、得をするヤツもいれば、損をするヤツもいる。」


「皇女の側近のあのオジさんとか悪い顔してましたもんねっ。アタシ、怪しいと思ったものっ!」


 兄の言葉に鼻息を荒くして激しく同意するビションフリーゼ。

あの側近の人の人相、そんなに悪かったかなぁー?

思い出そうとするけど、皇女様とセラフィエル様の弟の顔がインパクト強すぎて、オジさんの顔がぼんやりしか思い出せない。ごめんなさい。


「あ!それか、皇女と結婚したいヤツとか?

 キャルロットを手に入れたい説より辻褄あうんじゃね?」


「皇女と結婚したいが為に邪魔者を排除した、ってのはありがちな感じだけど、さっきの説よりは納得できるね。」


 まあ、あんなに美しいお姫様だもの、皇族どころか国外からも求婚のお話があってもおかしくはない。


「排除だったら何故殺さずに、記憶と声を奪って性別まで変えるなんて、回りくどいことするのでしょうか。」


 私は、シュナンと一緒に聖水を慎重に小瓶に分けながら言った。


「殺せなかった。

 ・・・んじゃねーの?」


「あっ!!あの弟君おとうとくんね!?

 流石に自分の双子の兄は殺せないわっ!

 皇女様が泣いたのを見てキレた時♡ステキだったわぁー♡」


「『アリアを泣かせたら・・・斬る!』とかってヤツ?」


 ウットリとあの光景を思い出して悶えるオウムと悪ノリしてそのモノマネする兄。

 なんだかとても居た堪れない。

 見て見ぬ振りをして黙々と作業を続ける私とシュナンとアイレン先輩。


「キャーっ!!ヴィダル様ぁ~♡

 そこの『アリア』のところを『ビション』に変えて今一度♡」


「盛り上がってるとこ申し訳ないんだけど。」


 背後から冷ややかな声。

 ギクリとしながらも、一斉に、声の方がした入り口に視線を送る。


「残念ながら・・・犯人はオレじゃねーし。」


 見覚えのある黒ずくめの騎士の姿に固まる一同。一番盛上がってた兄とビションフリーゼからは脂汗が滝のように流れている。


 悪ノリしすぎた代償は大きい。

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