第33話 聖水の雫

「今日から3日間は内勤ってことで。その前に今後について話し合おう。」


 私と兄とシュナン、ビションフリーゼは社務所の隣にある研究室にいる。薬草の調合や聖水の精製等をする部屋だ。

 話し合うだけも何だからと聖水の精製もしている。暫くしてアイレン先輩も合流した。


「今のところ、皇女からの伝令もないし、動きもない。コラット郊外にある別邸に滞在中ではあるみたいだけど。」


 アイレン先輩が手慣れた様子で薬草の調合をしながら言った。神殿によってそれぞれ使いやすい様に薬草や器具の置き場所や仕舞ってある場所は異なるのだけど、迷うことなく目当ての物を出していく。シンガプーラ神殿でもそうだったし、他の神官との関係も良好だったし、てっきりアイレン先輩は長年シンガプーラ神殿所属だとばかり思っていた。アイレン先輩はもしかしたら全ての神殿のことを熟知しているのかもしれない。


「皇女はキャルロットを元に戻そうとするよな?」


「そりゃあ、するだろうね。

 もしかしたら、今頃はラグドール国内外の学者や医者、賢者なんかを集めてるのかも。」


 話をしながらも手を止めないアイレン先輩。私と兄のしている聖水の精製は蒸留するだけなので、基本見ているだけだ。


「体中調べられるわけか。」


 兄の言葉に私とシュナンの顔が青くなる。ベットに縛り付けられて、医者や学者に隅々まで調べられているところを想像してしまった。


「シュナンちゃんとお医者さんごっこ♡

 アタシもしたいわぁ~♡」


 ビションフリーゼ、ややこしくなるから黙ってて。


「声はともかく記憶喪失と性転換は何としても戻したいはずだよ。」


「皇女がになればいいんじゃねーの?」


「そういうくだらないこと考えるのお兄様だけですよ。」


 シュナンはぼんやり精製されていく聖水の雫を眺めている。


「キャルロットのことより。」


 兄が私の方を見た。


「昨日、キャルロットがリオに懐いているのを皇女側は見ている。」


「皇女様、相当取り乱してたね。」


「思い過ごしだといいんだが、嫌な予感がするんだよな。」


「え?」


 神妙な面持ちの兄。


「単刀直入に言えば、俺が皇女側だとしたらリオを疑う。リオが何らかの力でキャルロットを今の姿にしたと疑うよ。」


「だから、そういう突飛とっぴな考えするのはお兄様だけですって。」


 呆れた。何ていうこと言い出すんだこの人。怒る気力もないよ。私。


あながち突飛な考えでもないかもね。」


 アイレン先輩までも兄に同意する。

 兄が続けて語った。


「あの当時に限らず、キャルロットをどんな手を使ってでも、自分の手中に置きたいと思っていた人間は少なくないと思うよ。

 老若男女問わず国民に熱狂的なファンがいたからな。皇女との婚約が決まって、嫉妬に狂った人間も少なくなかっただろうし。

 ・・・で、謎の失踪。

 3年掛りで捜しまくってやっと見つけた婚約者が自分を忘れているどころか全ての記憶がなくて、喋れない、加えて性別も違う。

 けれど、確かに本人。実の弟も認めている。」


 兄が私を指差した。


「更にはかつての婚約者の隣には見知らぬ女。」


「次期大神官を約束された少女。」


 アイレン先輩がポツリと呟くのを聞いて、兄が頷いた。


「見知らぬ女神官による、誘拐、拉致、監禁、そして洗脳。

 という構図が出来上がる。

 もしかしたら、リオの単独よりも神殿ぐるみの線の方が疑われてるかもな。」


 兄の妄想話に拍車がかかってくる。ビションフリーゼなんかは。サスペンスドラマを観ている昼下がりの主婦のように固唾を飲んで聞き入っている。


「神殿ぐるみでセラフィエル様を拉致して何の得があるんですか?」


 あまりにも馬鹿馬鹿しすぎてとうとうツッコミを入れてしまった。待ってましたとばかりにニヤリと樮笑ほくそえむ兄。


「最強とうたわれる天使の称号を持つ騎士の遺伝子・・・とか?」


「はあ!?」


 言った後の様子がおかしい兄に向かって、思わず変な声で叫んでしまった。


「つまり、セラフィエル様とロザリオを結婚させて、二人の赤ちゃん♡ってことね。

 天使の騎士様と大神官の赤ちゃんなんて、なんだか凄そうですものね~。」


 口元を押さえて蒼白している兄の代わりにビションフリーゼが答える。


「絶対に有り得ない結末だが、自分で結論まで出しといて、途中からすっげームカついてきた。」


「でも、何となく辻褄つじつまは合うよね。」


 呑気なアイレン先輩は次の薬草の調合を始めている。


「あー。やっぱりムカつく。

 殴らせろ。」


 妄想と葛藤していた兄が急に立ちあがり、シュナンの胸ぐらを掴んだ。

 シュナンは兄ではなくビションフリーゼを見つめている。脳内会話をしているのだ。

 その違和感を見逃すはずのない兄の振り上げた拳が止まる。


「ヴィダル様。」


 落ち着いた声でビションフリーゼが、兄に向かって言った。


「そのシナリオ。

 アタシ的にアリ!!」


 シュナンの顔が驚いているところをみると、ビションフリーゼが暴走して口走ったらしい。

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