第32話 学生神官シュナン
コラット神殿に到着すると、癒し系のアイレン先輩が笑顔で出迎えてくれた。
「お疲れ様。ロザリオ神官。ビションちゃんにシュナンさん。」
「お出迎えありがとうございます。アイレン先輩。」
「今のところ暇だからねー。
ところでさ、シュナンさんの入殿許可証の肩書きなんだけど。」
アイレン先輩の差し出した許可証を覗きこむ。
『入殿許可証
ビションフリーゼ(オウム)ペット
シュナン(大型犬)ペット
以上の者の入殿を許可する。』
「お兄様・・・。」
「えっ?アタシ、ペットだったの?」
ビション・・・。驚くとこ、そこじゃないと思うけど。
「それじゃ、神官長室に案内するよ。」
予想を裏切らない典型的な神殿の造り。エントランスの左奥に進んでいく。
「あまりに同じ過ぎて自分が今、どこの神殿にいるかわかんなくなんだよね。」
アイレン先輩が珍しく真顔で言った。いろんな神殿に派遣されているアイレン先輩にとっては深刻な問題なのかもしれない。
「神官長も似たようなおじさんだしさ。」
声を潜めながら神官長室のドアをノックする。
「入れ。」の合図にドアを開ける。
コラット神殿の神官長さんも40代後半のオジ様でした。今までの神官長さんより怖い感じはない。
「ロザリオ=ビアンコ神官。
私が神官長グルナッシュ=ブランだ。これから数日間よろしく。」
「はじめまして。グルナッシュ=ブラン神官長。ご指導の程、宜しくお願い致します。」
「それで、君の指南係なんだけどね。」
ブラン神官長が言いかけた。
コンコン。と、ドアがタイミング良くノックされる。
「失礼します。」
返事を待たずにドアが開かれる。もう、誰も驚かないだろう。言わずもがな、ウチの兄だ。
「指南係のヴィダル=ビアンコ副神官長だ。ヨロシク。」
「宜しくお願い致します。」
ブラン神官長とアイレン先輩の冷やかな視線。兄がシスコンであることは周知の事実のようだ。
「まず、荷物置きに行きますか。因みに今日から業務に入って貰うから。」
「了解です。」
兄と私とシュナンとビションフリーゼは、まず研修の間使用する私の部屋に向かった。アイレン先輩は神官長と話があるらしく神官長室に残った。
「部屋は俺の隣の二人部屋だから。」
「副神官長は女性部屋を使ってるんですね。」
「だって、空いてるし。シャワーついてるし。」
どこまでも自由だな。
シンガプーラ神殿から送った荷物が届いている。自分達が背負っていた荷物と一緒にクローゼットに押し込んだ。シュナンとビションフリーゼはベットに腰掛けて見つめあっているので、もしかしたら、脳内会話をしているのかもしれない。
「で、コイツもコラットでは神官として過ごしてもらう。どうせ、部屋にいても退屈だろう。」
兄が神官の制服をシュナンに手渡した。
シュナンが着替えている間に、シンガプーラ神殿のクリシュナ神像の前で血塗れのシュナンを見つけたこと、その夜に見た黒い翼の様なモノのことを兄に話した。
「で、タイミング良く、次の日に大神官が来て首輪を置いてったんだな?」
「タイミング良くというかお父様・・・大神官は神出鬼没だし、研修参観に来ることは珍しくないので、その日だったのは偶然かもしれません。」
「それもそうだな。
おっ、着替えたか。」
「やばっ!♡」
「素敵よ!シュナンちゃん♡」
シュナン神官バージョン!!
眩しすぎて直視できないっ!
神官の制服に男女の違いはないのだけれど、片側に編んだ黒髪のせいかどちらかというと女性に見える。襟が高いからなんとか首輪が隠れてるから良かった。
「肩書きは学生神官で長期休暇中の神殿見学ってことにしてある。」
『ペット』という単語を私達は思い出す。たぶん酔った勢いとかで記入したんだろうな。アレ。
「ところで、キャルロットに被せてあった黒い布って今もあるのか?」
「あ、はい。こちらに。」
私の荷物から布を引っ張り出した。その様子を無言で見つめていた兄が手を伸ばして布に触れる。
「あ、ある。本当に見えないんだな。
リオがパントマイムしてるようにしか見えなかった。」
「不思議な布ですよね。」
「使えるな。俺が欲しいくらいだ。」
たぶん善からぬ事に使うつもりなのだろうか。ニヤリと笑う兄の顔が悪代官に見える。
「そろそろ行くか。他の神官はもう就業中だけど、礼拝から始めよう。」
コラット神殿では、獅子と人間の半獣身の姿をしているナラシンハ神様を祀っている。敵対する不死の神を倒した物凄く強い武神だ。勇ましくも猛々しい姿に思わず背筋が伸びる。
世界の平穏無事と、私事だけどコラット神殿の研修を無事に勤めることをお祈りした。
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