第31話 シュナンと私

 朝、暑苦しさで目が覚めると昨日の朝と同じ様にシュナンと不法侵入した兄に挟まれていた。

 どうでもいいけど、お酒臭い・・・。

 起きない二人の間からどうにか這い出て、コラット神殿に登殿するための身支度を整える。ソファーに座ってかした髪を編み込んでいると、シュナンがベットから落ちるのが見えた。起き上がって慌てた様子でキョロキョロしている姿が可愛い。

 兄に何かされたのかしら?

 すぐに、ソファーに座っている私を見つけて涙目でやって来た。構ってあげたいけど手が離せない。


「おはよう。シュナン。」


 二日酔いのせいなのか、起きた時に兄の顔があってショックだったせいなのか、顔面蒼白のシュナン。ちょっと拗ねている気もする。

 静かにソファーに座って俯いている。

 髪を結い終え自分の身支度が終わったので、次はシュナンの番だ。


「シュナン?具合い悪い?」


「行きたくないみたいよ。」


 ビションフリーゼがシュナンの代わりに答えて、私の肩に飛んできた。


「ロザリオはもう知ってるのよね?」


「うん。」


 シュナンとビションフリーゼが頭の中で会話できることは、昨日の夜にシュナンから聞いた。ビションフリーゼが寝ている間であれば、ビションフリーゼの声を使って会話もできるということも。


 記憶が戻らなくても構わないと言ったシュナン。本当は私もそう思っている。ラグドール神殿に近づく度にその気持ちが強くなっていく。たぶんこの気持ちは口に出してはいけない気がする。


「シュナン、そろそろ出発しないと。」


 そっとシュナンの肩に触れる。

 頷いて立ち上がるシュナン。私が用意した服を持ってお風呂場に向かった。


「お兄様。」


「ん?」


 ベットの上の兄は寝転がったまま頬杖をついてこちらを眺めている。


「私は、この先も神官として自分の成すべきことを、この人生をかけて全うしていきます。神の定めのままに。」


 揺らぐ気持ちはまだある。シュナンの記憶が戻った方が良いのか、良くないのかわからない。もしかしたら、戻った時に命を奪われるかもしれない。シュナンの運命を私の勝手な思いで変えることはできない。

 私はこのままコラット神殿とラグドール神殿での神官研修を終えることを第一に考えることにした。


「本当に。」


 兄が立ち上がって私を見た。


「なんで、『金色の瞳』は俺じゃなくて、

 リオだったんだろうな。」


 いつも堂々としていて自信に満ち、誰からも信頼される兄。いつだって、これからだって兄は私の目標だ。


 シュナンが着替えてこちらにやって来た。もちろん女のコ仕様。


「さっきチラッと見えたんだけど、キャルロットのしてる首輪。」


 シュナンを指差す兄。

もう、キャルロット様決定なのですね・・・。


「大神官からの贈り物です。」


「やっぱりな。」


 兄とシュナンが向かい合うと美男美女カップルにしか見えない。ぐいっとシュナンの首まで隠れた深い襟元をはだける兄。何だか見てはいけないものを見ている気分です。

 シュナンがシンガプーラから着けている黒くてゴツい首輪が顕れる。


「コレ、なんかの魔法かかってるぞ。封魔か、退魔か?」


「あー、やっぱり・・・。」


 首輪のお陰で黒い翼の様なアレは出てこなくなったのかぁ。

 という、言葉を飲み込んだ。

 それを見逃してはくれない兄が睨んでいる。


「ロザリオ=ビアンコ神官。」


「・・・はい。」


「続きはコラット神殿で聞こうか?」


「・・・了解です。」



 コラット神殿までの階段はシンガプーラ神殿に比べると段数は少ないし、コラットの町からも神殿が見える。

 兄は宿に残って寝ているので、私とシュナンとビションフリーゼで神殿に向かった。


「シュナンの許可証も取ってあるから、堂々と神殿に入れるね。」


 頷くシュナン。神殿での研修が始まると、旅をしている時みたいに四六時中一緒にいるわけにはいかない。


「シンガプーラにいる時よりは自由に動き回れるから。ね?」


 また頷くだけ。

 ビションフリーゼと脳内会話をする気配はない。ビションフリーゼも慰めるようにシュナンの肩にとまった。


 これから神殿に向かっての階段の登り口にさしかかる。


「シュナン。これからのことだけど。」


 コラット神殿から私達の進むべき未来が変わると思った。その前にどうしても言いたい。


「もし、シュナンの記憶が戻ったら、私のこともビションのことも忘れちゃうかもしれない。」


 私を見つめるシュナンのアメジストの瞳が震えた。私は、シュナンの手を握った。


「それでも、私はあなたの幸せを、幸せだと思う導きに正しく向かうことを心より祈っているから。これだけは約束できる。」


「忘れないよ。」


 シュナンの肩に止まっているビションフリーゼが言った。ビションフリーゼの声を借りたシュナンの言葉だ。


「キャルロットは忘れても、ボクは忘れない。」


 その言葉だけで充分だった。

 この先、どんなことがあっても私達は今を楽しみながら、其々それぞれの道を生きていくのだ。

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