第30話 意識占領

 獣にされた王子様は、美女が与えてくれた誠実な心と真実の愛によって本当の凛々しい姿を取り戻し、二人はいつまでも幸せに暮らしました。

めでたしめでたし。


 蛙にされた王子様もそんな結末だったっけ。

 王子様に愛されなかった人魚は海の泡となり、見知らぬ王子様にキスされて生き返るお姫様に、これまた見知らぬ王子様のキスでながい眠りから醒めるお姫様。


 酔い潰れて寝ているシュナンとビションフリーゼの寝息が隣のベットから聞こえる。

 私は何となく眠れなくてまだ読みかけの本を窓際のベットの上で眺めていた。あとがき、作者の紹介にも目を通す。

 あ、これスノーシュー語を翻訳したお話か。

 スノーシュー国には呪術師やあらゆる植物に精通した魔女が今も多く存在しているという。

 お菓子の国と呼ばれるほどお菓子作りが盛んで、年に一度の『お菓子の祭典』では世界中から腕に覚えのあるお菓子職人が集まるという夢のような国。

 お菓子食べたくなってきた。


 ベットから出て荷物を漁る。

 バーミラで買ったばかりのお菓子の袋を吟味する。ベリーのジャムが真ん中に乗っているビスケットを手に取り、口に放りこんだ。

 ・・・あー、歯、磨いたんだった。


 例のスノーシュー語の本が目に入る。

 シュナンが買ったのかな?シンガプーラの町の本屋で熱心に何か探してたみたいだったし、とおぼろに思い出してきた。その時の私はお菓子選びに夢中で、シュナンを暫く本屋に置き去りにしたんだっけ。

 ビスケットの袋を片手に3冊のスノーシュー語の本をパラパラ捲って閉じた。


「・・・ロザリオ?」


「ビション。起きてたの?

 ビスケット食べる?」


「うん。」


 ビションフリーゼは嬉しそうに答えて、私の肩に飛んできた。器用に嘴を使ってビスケットをひとつ丸飲みにする。


「それ、味わってんの?」


「このビスケット、アタシ大好き♡」


 そりゃ良かった。


「残り少ししかないから全部食べていいよ。

 私、歯磨いてくる~。」


 歯磨きを終えて、酔い潰れて寝ているシュナンを起こさないように窓際のベットに。電気は消えていたけど、月明かりが部屋を青く染める。ビションフリーゼは窓際で酔いを冷ましているのか夜風に当たっている。

私はビン底眼鏡をベットサイドのテーブルに置いて瞼を閉じた。

 もう夜更けだというのに、まだ窓の外からは賑やかな笑い声やら怒号やら聞こえる。


「ロザリオ、さっきの本って何語?」


「ん~?スノーシュー語?」


 ビションフリーゼの問い掛けに目を閉じたまま答える。


「読めるの?」


「そうね。」


 大抵の言語は小さい時にマスターしてる。スノーシュー語は割とラグドール語と似てるし。


「全部読んだ?」


「速読した。」


「じゃあ、もうわかっちゃった?」


「・・・私は食べられないよ。」


 質問責めに一瞬、自分が赤い頭巾を被った童話の中の女の子になった錯覚に陥ってしまった。あ、赤頭巾ちゃんにいろいろ質問責めにあったのはお祖母さんの方か。

 目を開けて窓際に目をやる。

 紫色の瞳と視線がぶつかった。


「そう?」


 クスクスと肩で笑うシュナン。

 その肩にとまっているビションフリーゼの嘴から言葉が続く。


「お菓子みたいに甘そうで、とっても美味しそうだけど?」


 アルコールのせいか、なんだかとっても色っぽく見える。

 スノーシュー語の本のタイトルを思い返した。『灰かぶり』『呪術』『超能力』。1冊は物語で後の2冊をカムフラージュしたかったのかしら。


「記憶が戻ったの?」


 私はベットから体を起こして、シュナンを見つめた。シュナンが首を横に振る。


「残念ながら、何も。

 呪術発祥のスノーシューの本にも何も書いてないし。もっと専門書だったらわかるのかな。」


「ビションを意識占領したの?」


「うん。

 さっきの食堂でもビションとの脳内会話が上手くいったから、イケるかなーと思って。

 ビションがぐっすり寝てくれてるから簡単だったよ。彼女、昼行性だからかな?」


『脳内会話』『意識占領』はスノーシュー語の本、『超能力』に記述のあった単語だ。

 目を閉じているビションフリーゼの首元を撫でるシュナン。


「やっぱり言葉で通じるっていいね。

 ロザリオにも脳内会話は何度か試したんだけどな・・・。」


 シュナンの言葉なのに、ビションフリーゼの嘴からビションフリーゼの声で伝えられる違和感。いつものビションフリーゼよりは声が低いかな。


「ねえ、あの食堂で皇女様とセイヴァル様に会って本当に何も思い出せなかった?」


 私の顔を見てゆっくり瞬きをするシュナン。アメジストの様な瞳が暗くなる。


「泣いてたね。あの女の人。

 可哀相だったけど、でも、本当に思い出せなかったし、何も感じなかったんだ。

何も。」


 嘘は言っていない。

 シュナンの身体の周りを取り囲む禍々しい呪いのオーラが、皇女様とセイヴァル様とご対面した時に、より一層濃くなった気がした。

 強い呪いが、シュナンの記憶が戻るのを邪魔している。


「でもね、ロザリオ。」


 シュナンが私のいるベットに腰かけた。月明かりに照らされた横顔が、月の女神のようでとても美しい。


「ボクはずっとこのまま、記憶が戻らなくても構わないと思ってるんだ。

 ・・・いや、むしろ、戻らなければいい、とさえ思っている。」

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