第29話 セイヴァル=ソーヴィニヨン

「セイヴァル=ソーヴィニヨン。

 キャルロット=セラフィエル=ソーヴィニヨンの双子の弟だ。」


 兄が私とビションフリーゼに向かって言う。セラフィエル様が双子だったなんて。

 髪型を同じにしたら見分けがつかないかもしれないけど、やっぱり雰囲気が違いすぎる。


「どう?思い出した?」


 皇女様がシュナンに怖ず怖ずと問いかける。暫く皇女様を見つめていたシュナンだったけど、いつものようにまたニコニコ笑うだけだ。

 皇女様の美しい顔が蒼白していく。血の気のない顔の大きな碧眼が震えて、涙が溢れだした。握りしめていたヴェールで顔を覆う。


「あ~あ。泣かせちゃった。」


 俯いたまま、ゆらりとセイヴァル様が立ち上がった。


「俺、言ったよな。

 アリアを泣かせたら・・・。」


 静かに腰の剣の柄に手が伸びる。


「斬るって・・・!!」


 目にも留まらぬ早さとはよく言ったもので、抜刀から大振りな剣が振り下ろされるまでほんの一瞬の出来事だった。


 ガキンっ!!


 と、金属のぶつかる音。

 セイヴァル様の刀身を止めたのは、2本の細身の長剣だった。兄とアイレン先輩が同時に抜いた長剣だ。

 しかし、セイヴァル様の刃の先にシュナンはいない。

 刃が振り下ろされる瞬間、咄嗟に私はシュナンの椅子の脚を蹴り折って、転ばせたシュナンを私の方に引き寄せたからだ。兄とアイレン先輩が長剣を抜くのは視界に入っていたのだけど。


「本当に常に臨戦態勢だな。

 神官おまえらは。」


「防御体勢の間違いだろ。」


「本気で来られたら騎士様に敵うとは思ってませんよ。」


 3人とも剣を鞘に納める。


「さて。」


 セイヴァル様が皇女様の方を見た。


「結局、キャルロットをどうするか。

 ・・・なんだけど。」


 シュナンがうるうるの瞳で私にしがみついているのを見て、唖然とするセイヴァル様。そして、その他の方達。

 私とビションフリーゼはいつものことなので・・・。当然、兄も知ってるから驚かない。


「金の。・・・ヴィダルの妹?」


「はい。ロザリオ=ビアンコです。」


 セイヴァル様の問いかけに答えた。


「へぇ?君が?」


 ニヤリと不適な笑みを見せる。あまり良い感じはしない。


 ガタンっと椅子の倒れる音。


「こんなの、私のキャルロットじゃないっっ!!」


「姫っ!」


 真っ赤な顔で皇女様が立ち上がり、シュナンを指差して叫んだ。それを慌てて諫める側近。


「いやいや、でも器はキャルロットだよ。中身はどうか知らないけど。

正しくはキャルロットの人形か?」


 セイヴァル様が身も蓋もないことを言う。


「とにかく、姫君は大層お疲れのご様子。

 一旦、この場は引き揚げましょう。」


 皇女様にヴェールを被せて、側近のおじさんが話をまとめだした。


「え?連れていかねーの?

 このままキャルロットをウチに連れて帰ると喜ぶ人が一人いるんだけど。たまには親孝行させてよ。」


 呑気なセイヴァル様をギロリと睨み付ける側近。セイヴァル様は無言で肩を竦め、黒い覆面をまた顔につけた。


「姫君のご意向が定まり次第、コラット神殿には追って連絡する。以上。」


 皇女様ご一行の後ろ姿を無言で見送った。

 気がつけば、ビションフリーゼとシュナンは酔い潰れて、仲良く寄り添いながら眠ってしまっている。




「お兄様とセイヴァル様はお知り合いなのですか?」


 宿までの帰り道。

 シュナンはアイレン先輩に背負われている。ビションフリーゼは私の肩でうとうと。


「父親同士が親友で、小さい頃はよく家に来てたからな。」


 初耳っ!


「リオが生まれたのと同じ頃、キャルロットとセイヴァルは10歳で皇族付きの騎士になって、ウチにも遊びに来なくなったから、知らないのも無理はない。」


「そうなのですか。ということは、セイヴァル様とキャルロット様は私の10歳年上なのですね。」


「そうなるね。」


 シュナンが『キャルロット=セラフィエル=ソーヴィニヨン』だということは、婚約者である皇女様と双子の弟セイヴァル様との対面でほぼ判明したわけなんだけど。

 アイレン先輩の背中で眠る姿はとても26歳には見えない。


「あ、そういえば、アイレン先輩はなぜコラットに?」


「僕、シンガプーラ神殿所属じゃないから。」


 さらりと答えるアイレン先輩。


「は?」


「正式にはラグドール神殿の所属なんだけどね。他の神殿に派遣されたり、伝令役だったり、皇族と神殿とか神殿と他の団体とかの紛糾いざこざを円満に解決したり、その他色々、他の神官に紛れながら秘密裏に行動してるんだよね。」


 淡々と説明するアイレン先輩だけど、神殿の研修の指南係って、所属神官じゃなくていいんだ。


「みんなが嫌がる仕事を押し付けられてる。要は、小間使いで汚れ役。」


 兄がアイレン先輩を見て言った。


「僕は嫌いじゃないよ。ある意味自由だし。」


 兄は夜回りに戻ると言って、宿の前で別れた。アイレン先輩が、シュナンを背負って部屋まで運んでくれた。


「今日は大変だったね。僕も次の指示があるまでコラットに滞在する予定だから、ひと足先に神殿に入るよ。」


「何から何までありがとうございました。」


「ゆっくり休んでね。おやすみ。」


「おやすみなさい。」


 アイレン先輩。

 やっぱりいい人。

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