第28話 皇女様ご一行
「間違いないか、と姫は申しておる。」
機械的な側近の声。
皇女様はヴェールで表情は見えないけど、華奢な肩が震えている。皇女様が倒れそうになるのを側近が抱えて手近な椅子に皇女を座らせた。
「それ、俺に聞くの?
姫様はどう思うかじゃない?」
呆れたように黒ずくめ。目の前にあったデキャンタのお酒をそのまま口に運んだ。
「これ、うまっ。」
「あなた、相当なイケメンとみたわ。」
黒ずくめの肩にとまって酔っ払ったビションフリーゼが言った。思わず、オスの匂いはしたのかしら、とか考えてしまう。
「え?何コレ喋んの?」
乱暴にビションフリーゼを掴んで黒ずくめ。ビションフリーゼを裏返したり羽を無理矢理広げたりして構造を調べている。
そして、何故か嬉しそうに頬を赤らめて(いるように見える)、されるがままのビションフリーゼ。
「めっちゃ欲しい。」
「私の友達なのであげられません。」
私は黒ずくめからビションフリーゼを奪い取った。目の前のオモチャが一瞬で、いなくなってキョトンとする黒ずくめ。さっきまでビションフリーゼを持っていた自分の両手を見つめた後、こちらに視線を移した。
意識的に防御体勢になった。得体の知れない相手なので間合いは充分に取る。この距離なら負けない自信はある。
「そんな鳥なんかどうでもいいのよ!」
痺れを切らして皇女様が叫ぶ。
凛とした声に空気がピンッと張りつめた。
「・・・近くで確認するわ。」
「セイヴァル、その者をこちらへ。」
皇女様の言葉の後に続いて側近の男が黒ずくめに向かって言った。黒ずくめはセイヴァルという名前らしい。
「はいはい。」
セイヴァル様が立ち上がってシュナンの腕を掴んだ。シュナンは私の方を振り返る。
うるうるフルフルな瞳はあの捨てられた仔犬の様な瞳!つい助けたい衝動に駆られる気持ちをグッと我慢した。
「ロザリオ。シュナンちゃんが皇女様と一緒に連れていかれると思ってる?」
声を潜めてビションフリーゼ。
「そうね。あのセイヴァル様という人はシュナンのことをセラフィエル様本人だと言ってるし・・・。」
「心配しないで。」
「え?」
「大丈夫。」
シュナンから目を離さないままビションフリーゼが言った。セイヴァル様に促されて立ち上がるシュナン。
「筋肉落ちたな。本当に女みたいにぐにゃぐにゃ。」
酔っているせいか、少しふらつきながら歩くシュナンを抱えてセイヴァル様が毒づき、シュナンを皇女様のいるテーブルの向かいにある椅子に座らせた。
「失礼ながら皇女殿下。」
その動向をそれまで静かに見守っていた兄が口を開いた。皇女様の顔が兄の方を向いて、ヒソヒソと側近に耳打ち。
「ヴィダル=ビアンコ神官の発言を許します。と姫君は申しておる。」
「実は報告に不備があり、キャルロット=ソーヴィニヨン殿は、記憶喪失の上に言葉を話せず、性別も女性になってしまったのです。」
沈黙。
「は?」
最初に声を発したのはシュナンの隣に座っているセイヴァル様だった。
皇女様はピクリとも動かない。
「面白い冗談が言えるようになったな。ヴィダル。」
「笑ってないようだけど?」
知り合いなのか、兄とセイヴァル様が親しげに話す。まじまじとシュナンの顔を観察するセイヴァル様にとりあえず、にこっと笑顔を見せるシュナン。愛想笑いまで覚えたのね。
「確かに、キャルロットっていうより、うちの母親の若い時に似てて気持ち悪いとは思ってたんだよな。女装じゃなく、ホントに女になって記憶喪失で喋れない?って、何?
天罰か?」
「魔法に決まっているわ!」
皇女様が立ち上がったが、すぐにハッとして椅子に戻る。
「ヴィダル=ビアンコ神官は魔法の手練と耳にしています。セラフィエルにかかっている魔法を解きなさい。」
皇女様は側近を通さずに兄に命令した。兄はチラリとシュナンに目をやる。
「恐れながら。できるなら疾うにしております。キャルロット殿がこのような状況下にあるのは、魔法ではない別な力が関係しているようで、少々厄介なのです。」
「魔法ではない?」
兄の言葉に側近が問いかける。
「調査中ではあるのですが、キャルロット殿を元に戻せる神官は現在この国にはいません。それは、国中の賢者、魔法使いに於ても同様です。」
「何ということだ。」
何も言わない皇女様の代わりに側近が青い顔で驚愕の声をあげた。
「ショック療法は?
姫様や俺の顔を見せれば何か思い出すとか?」
言いながらセイヴァル様が黒い覆面に手をかけた。
「・・・試す価値はあるだろう。」
兄は静かに言った。
皇女様も頷いて髪と顔を隠していたヴェールを外す。金色の波打つ長い髪、儚げな細面に碧色の大きな瞳に長い睫毛。妖精の様なあまりの美しさに溜め息が出てしまう。
皇女様とテーブルを挟んで向かいのセイヴァル様も覆面を外していた。焦げ茶色の短い髪と鋭い目付きこそ違うけど・・・。
「シュナンと同じ顔!?」
「セラフィエル様!?」
私とビションフリーゼが同時に叫んだ。
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