第27話 まさかの話

 どれくらいたったのか。

 お腹いっぱいだし、もう宿屋に帰りたい。トイレに行く振りをして、食堂の窓から神官の制服を見つけた。兄の同僚だろう。

 目が合う。

 見憶えのある小柄な青年。


「まさか、アイレン先輩!?」


 間違いない。シンガプーラ神殿のアイレン=フィアーノ先輩だ。アイレン先輩が窓辺に駆け寄ってきた。


「ロザリオさん。会えて良かった。俺も今コラット入りしたばっかりで。」


「ええっ!?」


「詳しい話はあとにしたいんだけど、

 ヴィダルはこの中?」


「はい。丁度、同僚の方に兄を連れて帰って貰いたくて探してたんです。」


 頷いて裏口から店内に入るアイレン先輩。兄達のいるテーブルに迷わず歩み寄る。

 オウムが舞い踊りながらテーブルの上をぐるぐる飛び回り、それを囃し立てる酔っ払いの兄。その隣でまたもや酔っ払いのシュナンが手を叩いて拍子を取っている。もはやドンチャン騒ぎの宴会と化したその場にアイレン先輩の後ろからついていった。


「おい。」


 兄の背後からアイレン先輩が声をかける。いつも柔和なアイレン先輩の怒った表情。うん、全然怖くない。


「んあ?アイレン?」


「お前、勤務中ってこと忘れてない?」


 既にほろ酔いの兄に厳しく言っているつもりなんだろうけど、怖くない。むしろ兄の方が態度でかいし怖い。


「こちらが例の?」


「ああ。」


 アイレン先輩は兄の隣でこれまたほろ酔いで頬を赤くしたシュナンに目を向けた。2度見する。


「ええ!?この人、女じゃないの!?」


 思わず叫んだアイレン先輩。私とビションフリーゼが、ディナーの前にシュナンをたっぷり可愛くオメカシさせたので、どこからどう見ても美少女にしかみえないからね。


「性別はともかく、キャルロット=ソーヴィニヨンだよ。」


 グラスを飲み干して兄が言う。シュナンに暫くボーッと見とれていたアイレン先輩がハッと我に返った。


「そういえば!

 もう、おいでになっているぞ。」


「早っ!!嘘だろ?

 こんな格好で会わせたら卒倒しちまうぞ。」


「お兄様。アイレン先輩。『おいでになっている。』ってまさか・・・。」


 二人の会話に気づいて私が言った。

 兄が面倒臭そうに眉間に皺を寄せる。


「皇女のご一行だ。俺がキャルロット=ソーヴィニヨンを発見したと神殿に報告したからな。」


「そんな・・・。」


『聞いてない』という言葉を飲み込んだ。シュナンのことを神官として報告を怠った私に何を言う権利もない。兄は私を一瞥して立ち上がった。


「対面の日取りの交渉とか設けなかったのか?アイレン。」


「ごめん。足止めはしてるハズだけど、そうする前に先方が動いたみたいでさ。」


「俺の予定では神殿で対面だったんだけど。」


「そりゃ仕方ないよ。3年間捜し続けてやっと有力な情報が入ったんだから。」


 気がつけばあんなに騒がしかった店内には私達しかいなかった。お店の外も心なしか静かになっている。

 呑気にデキャンタからグラスにリンゴのお酒を注いでいる当の本人シュナンとオウム。そしてちゃっかり自分のグラスを差し出す兄。

 あんたはもう充分でしょ。


 お店の入り口の扉が開いて、3人の人物が入ってきた。青色のヴェールで髪と顔を隠した、ヴェールと同じ青いドレスの女性と黒い覆面黒ずくめの背の高い騎士っぽい男の人、50代と思しき側近風の男性。特に言葉もなく私達の方へ顔を向けている。

 こちらに来る前に入り口近くで兄とアイレン先輩が3人を出迎えた。

 私はそのままシュナンのすぐ後ろにいたのだが、兄とアイレン先輩に続いて跪き敬礼する。


「アリア=ニコ=ラグドール皇女である。

 神官の皆々、此度は大変難儀であった、と姫君は申しております。」


 と、側近の男性が言った。

 沈黙。


 ヒソヒソと皇女様が側近に耳打ちしている。

 コホンッと咳ばらいする側近。


「本題に入りますが、セラフィエル様は何処におわしますか?」


「あー、それがですね。

 こちらも皇女殿下にご対面させるために少し準備がありまして。

 折角、お越し頂いたのですが今日の所は日取りのご相談を。」


 アイレン先輩が顔を上げてにっこりと微笑んで答えた。物腰の柔らかい人物はこういう交渉事に適任だ。

 また、ヒソヒソと耳打ちする皇女様。


「それはセラフィエル様が御病気やお怪我をされて対面できないということか?、と姫君は申しております。」


 3年間生死の安否もわからなかったのだから無理もない、一刻も早く会いたいだろう。


「ちょっといいっスか?」


 側近に割り込んで黒ずくめの男が前に出て、私とシュナンのいるテーブルに近付く。


「これっぽいけど。」


 黒ずくめの男はシュナンの隣に腰掛けて、その顔をまじまじと見つめる。シュナンはグラスに口をつけたまま男を不思議そうに見ている。


「マジか。笑える。」


 男が笑いながら続けた。


「うちの母が見たらコレ喜びますよ。

 娘が欲しいって常々言ってたんで。」


「・・・ウソでしょ。」


 とうとう皇女様が自ら言葉を発した。

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