第23話 キャルロット=ソーヴィニヨン?

 凍てつく氷の様な瞳でビションフリーゼを見つめる兄。


「報告がないようだけど。説明して?」


「いやだぁ♡ヴィダル様♡

 そんな熱い瞳で見つめられたらアタシ、勘違いしちゃいますよ?♡」


 今のうちに目の前のお皿を空にしちゃお。

 シュナンも食べ終わったみたい。


「いつから?バーミラからじゃないよな?」


「それは、もう!

 ヴィダル様が生まれ変わる前から

 ずっとずっとお慕いしていたんですっ♡

 きゃっ!言っちゃった♡」


「・・・ダメだ。この鳥。」


 話にならないとやっと諦めた様子の兄がこちらを向いた。兄の目はビションフリーゼにした同じ質問を無言で私に投げかけている。


「シンガプーラからです。

 あの、シュナンは町で倒れてて・・・。」


 咄嗟に出た嘘に兄の眉がピクリと動いた。

 ヒイッ!


「で、頭を怪我していたのですけれど、そのせいか記憶喪失で言葉も話せない状態でしたので、一緒に連れてきてしまいました。」


「はぁーっ。あのな、犬や猫じゃないんだぞ。」


「わかってますぅ~。」


「コラット神殿まで連れて来る気?」


「・・・・。」


 黙りこんでしまう私。

 また深い溜め息をつく兄がシュナンに目をやる。


「・・・!?」


 シュナンの顔を見て度肝を抜かれた様な兄の顔。切れ長の目が大きく見開いた。

 てか、散々目の前にいたのにシュナンに全く興味なかったんだろうな。この人。


「キャルロット=ソーヴィニヨン!!」


 ガタッと立上がり、叫んだ自分の口を慌てた様子で手で覆い、またすぐに椅子に腰掛ける。店内は酔った客達で相当ガヤガヤしていたので、兄の声には特に誰も反応しなかった。


「お兄様、シュナンを知ってるのですか?」


 兄とシュナンを交互に見る。

 怪訝な顔でシュナンを見つめる兄とキョトンとした顔で兄を見ているシュナン。


「ここだと、マズい。

 場所を変えよう。」


「はあ。」


 私達に付いてくるように促す兄に大人しくついていく。レストランを出て宿屋の階段を上がる。

 もしかして、私の部屋に来る気?

 ・・・と思ったら隣の部屋の鍵を開けようとしている。


「あの、お兄様?

 この部屋って・・・。」


「俺の部屋。今日泊まり込みだから。」


 マジで。


 とりあえず、兄の部屋にゾロゾロ入る。

 兄はこの若さでコラット神殿の副神官長をしているので、それなりに自由がきくようだ。

 父といい兄といい、職権濫用しすぎ。


「座れば?」


「はい。」


 兄に促されて、ふたつベットがあるうちのひとつに座った。私の隣にピッタリくっついて座るシュナン。

 その間に割って入る兄。


「!?」


 シュナンは予想外だったのか、兄の行動にあからさまに驚く。

 あ、何か驚いた顔初めて見たかも。新鮮♡

 私には想定内のいつもの兄の行動だけど。


「コイツはキャルロット=ソーヴィニヨンだ。」


 押し退けたシュナンを指差して再び同じ名前を口にする。


「キャルロットって・・・。

 まさか。」


 疑問符が浮かぶばかりの私の代わりにビションフリーゼが呟いた。

 その言葉に軽く頷く兄。


「キャルロット=セラフィエル=ソーヴィニヨン。

 ラグドール皇国の第一皇女が、血眼になって捜している天使の称号を持つ、ラグドール皇国最強の騎士だ。」


 呆気に取られながら兄の顔を見る私とビションフリーゼ。そんな私達を他所に兄とは反対の右側に座るシュナン。いつものように私の腰に手を回してくる。


「・・・ビションフリーゼさん?」


「何かしら?ロザリオさん?」


「貴方、確か『セラフィエル様♡』って散々騒いでたよね?ファンだったよね?」


「そう・・・なんだけどね。」


 二人と一羽はシュナンを見た。シュナンは相変わらずマイペースで潤んだ紫色の瞳で私だけを見つめている。兄の放つ鬱々とした不穏な空気を背中に感じる。


「だって!セラフィエル様の、研ぎ澄まされた刃の様なあのクールな眼差しが微塵も感じられないし!」


 非難の目にも涙目になるビションフリーゼが叫んだ。


「確かにだいぶ雰囲気が違うな。」


 と、兄。


「だってだって髪型違うし!」


「ただ伸びただけだろ。」


「だってだってだって!!

 シュナンちゃん、女のコだし!」


 そこなんだよね。

 私は最初オカマのビションフリーゼがラブラブ光線を送ってるから、てっきり男のコだと思ってたんだけど、ビションフリーゼから女のコだって聞いて驚いたのだ。


「セラフィエル様は女の人だったってことですか?」


 頭を整理して私が言った。

 もし、シュナンがセラフィエル様だとしたらそうなるよね。


「いや、キャルロットは男だった。少なくとも、女だったら皇女と婚約はできない。」


「ん?となると、どういうこと?」


「本当に女なのか?間違いないか?

 身長も俺くらいだし、胸もないようだけど。」


「私、女湯に一緒に入りましたよ。」


「・・・コロス。」


 立ち上がって腰の長剣に手をかける兄。


「女のコですし!」


「女だろうが、男だろうが、リオと一緒の風呂の湯に浸かった罪は死に値するんだよ!」


 無茶苦茶言ってんなー。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る