第22話 報告は忘れずに

 1階のレストランに行くとビションフリーゼが見知らぬ若い男の人とお酒を飲んで盛り上がっていた。他人のフリをしてビションフリーゼとは離れたテーブルに、シュナンと向かい合わせに・・・。

 座ろうとしたが、シュナンは左隣に座った。

 いいんだけどね、別に。


「あ、私服で来ちゃった。」


 基本的に研修の間、公共の場では神官の制服を常に着用しなければならない。

 宿屋の中とはいえ、ここはレストランだった。迂闊っ。

 食事を済ませてすぐに部屋に戻ればいいか、という認識の甘い選択がそもそもの間違いとなる。


「注文お決まりですかぁ?」


 20代前半と思しきポニーテールの可愛い女のコが私達のテーブルにやってきた。


「シェフの気まぐれパスタと日替わり定食をお願いします。」


 シュナンが食べたい物はまず無視して、日替わり定食系だと早く出てくるはず。

 改めて店内を見渡してみると、レストランというよりお酒を飲むお洒落なパブリックスペースといった雰囲気。

 とにかく、若い男女が多い。


「お飲み物はどうしますかぁ?」


「水で。」


 お姉さんの声でかいし。

 気配消してる私の雰囲気に気づいてーっ!


 お冷が二つ運ばれてきて料理を待つ間はとにかく無になる。

 落ち着かない。やっぱり一旦着替えて出直そうかな。

 立ち上がろうとするのを、強い圧力で椅子に引き戻された。


「これは、どういうことかな?

 ロザリオ=ビアンコ神官?」


 ヤバッ!!

 抜き打ちで神殿研修の試験官が見回りに来ることがあるけど、運悪く見つかってしまったようだ。

 恐る恐る声の主の顔を見上げる。

 見覚えのある顔。整った眉に涼しげな目元、青味がかった栗色の瞳と、同じ明るい栗色の髪を後ろに流して神官の帽子で止めている。

 私が生まれたときからよく知っている人物だった。


「・・・ヴィダルお兄様。」


「ヴィダル=ビアンコ神官だ。」


 神官の制服をバシッと着こなした兄の眉間にシワが寄る。

 私の右隣に腰掛けて長い足を組む兄。

 1ミリも動けない。


「キャアーーー!!

 ヴィダル様ぁー!?

 相変わらず神々しいお姿♡

 いつこちらに??

 えっ?アタシに会いに!?

 イヤンっ!!」


 離れたテーブルからビションフリーゼがバッサバッサと飛んできて兄の頭の上をグルグルせわしく飛び回っている。


「ぐほっ!」


 一瞬、何が起こったかわからなかったが、ビションフリーゼが床に叩きつけられて潰れている。

 黄緑色の羽がヒラヒラと舞う。


「うるせぇ。」


 どうやら兄がビションフリーゼを拳で黙らせたようだった。

 てか、オウムにグーって。

 完全に気を失っている模様。


「お待たせしましたぁー。

 シェフの気まぐれパスタと日替わり定食でーすっ。」


 私達の前に料理が並ぶ。

 気不味きまずい。


「ウキャア!愛の鉄拳♡」


 気がついたビションフリーゼが頬を押さえながら悶えている。

 なんか変なスイッチ入ったかな。


「冷めるよ?

 遠慮せず、食えば?」


 頰杖をついてにっこり笑う兄。

 恐い。


「・・・いただきます。」


 いつも頼んだ料理はシュナンとシェアして食べるので、いつものように取り皿に取り分けた。

 料理に目をキラキラさせて食べ始めるシュナン。安定の可愛さ♡


 はっ!癒やされてる場合じゃなかった!


「あの、お兄さ・・・ヴィダル神官はなぜこちらに?」


「決まっているだろ。

 ロザリオ神官がバーミラに着いたと報告があったからな。」


「・・・はあ。」


「夜回り組のヤツと代わってもらった。」


「・・・はあ。」


『じゃあ、夜回りもう行けよ!』

 という言葉を飲み込んだ。

 ビションフリーゼは、兄の肩に乗りウットリしている。あんな扱いされてるビションフリーゼだが、二人は仲が悪いわけではないのだ。


「てかさ、お前ナニそんな薄着で人前出てんだよ。」


「薄着でしょうか。

 ですが、着替えに戻ろうと思ったところにヴィダル神官が・・・。」


 兄の整った唇の端がピクリとひきつった。思わず涙目になる私。


「・・・薄着で申し訳ありません。」


 ここは一刻も早く食べ終えて部屋に戻るしかない!!

 味わうことなくどんどん料理を口に運んだ。モリモリ食べている私を、頬杖をついたまま微笑みを浮かべ見つめる兄。

 あの~、すっごく食べ辛いんですけど?

 シュナンがパスタに入ってるキノコと日替り定食の野菜炒めに入っているピーマンをポイポイと私の皿に移してくる。


「こらっ!好き嫌いしないで!」


 いつものウルウルした瞳で見つめてくるので、それ以上何も言えなくなる。


「あのさ、ロザリオ神官?」


 それまで黙って見ていた兄が口を開く。


「はい?」


 チラリとシュナンを一瞥する兄。


「その隣の人って、お前のツレなの?」


 ヤバーっ!

 シュナンのことまだ言ってなかったんだった!

 兄は、青ざめて慌てフタめく私の様子に何か悟ったのか、今度はビションフリーゼに目を移す。目が合った人が凍りつきそうな冷たい瞳。

 ムリムリムリっ!あんな目で見られたら私だったら心臓止まっちゃうよ!!


 それなのにビションフリーゼは恥ずかしそうに「きゃっ♡」とか言いながら、羽で顔を覆ったり、羽根の隙間から兄の顔を覗き見たりしている。


「どういうことだ?・・・鳥。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る