第17話 人を呪わば
「で、整理すると。」
ラグドール神殿の庭園の片隅。
私はビションフリーゼと一緒に月明かりの下、麻袋を土に埋めている。
一昨日、礼拝堂で深手を負ったシュナンを見つけた。人目から遠ざけるために掛けられた魔法のかかった黒い布。その黒い布の上に覆われていた黒い羽根が麻袋に入っている。
「とりあえずシュナンちゃんの日常生活に支障はないわけだけど。」
シュナンが寝てしまったので、例の黒い布を掛けて部屋を出てきた。
まだ体力が戻らないのか、精神的な疲労なのか、今日の一日の殆どを寝て過ごしていたという。
麻袋を埋め終わり私は顔を上げた。
「喋れないし、記憶もないこと以外はね。
ビション。あのね。確証はないんだけど・・・。」
「何よ?」
「どちらかは魔法・・・違うか。
呪いの類いだと思うんだよね。」
「喋れなくする呪いか、記憶喪失の呪いってこと?」
肩の上にいるビションフリーゼに向かって頷いた。
「もしかしたら両方かもしれない。」
魔法と呪術は似ているようで非なる物だ。
魔法は元々の素質が必要となるが、呪いに素質は不必要で、簡単にいえば誰にでもできる。おまじないとかは呪いの可愛いバージョン。
とはいえ、他人に作用する呪いには並外れた恨みや妬み等の強い『念』を要するし、それなりのリスクも伴う。失敗することの方が多いし。
「呪いって未知な感じよね。」
「私も本で読んだ位の知識しかないんだけど、呪いを解けるのって呪いをかけた本人じゃないとダメなんだよね。」
「呪いをかけた相手ってどうやって探すのよ?」
「さあ?
呪術の本、シンガプーラ神殿の書庫にあるから少し調べてみる?」
消灯までまだ時間がある。
書庫に行くと数名の先輩神官が各々本を選んだり、読書したりしていた。皆様、勤勉でいらっしゃる。
なるべく気配を消して呪術の棚に向かい、分厚い本を何冊か選んで自室に戻った。
昼行性のオウムはもう瞼が重そうだ。私の肩に乗ったままウトウト。
文机に呪術の本を広げてパラパラ捲る。
最初の初級編はやっぱりおまじないみたいに、『一日がハッピーになる方法』、『苦手な相手と上手くいく方法』や『意中の相手を振り向かせる方法』等の項目から始まる。上級編になると『呪い殺す方法』を筆頭に読んでる内に暗い気分になる内容が続く。
『相手の記憶を喪失させる方法』『相手の声を奪う方法』なんかも上級な呪術のようだ。
強力な呪いが成功すると呪いをかけた本人の身体のどこかに何らかの印が浮かび上がるという。
印かぁー。
ラグドール国中の人間の全身をチェックするわけにはいかないよね。
ラグドール国の人間だとも限らない。
そもそも印がどんなのかもわからないし。
『呪い返し』の項目を読む。
満月の日に特定のハーブを使った聖水をふりかける方法や、長い呪文が載っている。
効果や信憑性に欠けるものがあるな・・・。
最後の方には『強力な呪いは高名な呪術師に任せるのが一番』といったところに行き着く。
ラグドール国に呪術師は希少だ。どこかの山奥辺りにいるって聞いたことがあるような。
本には何百年も前に存在したであろう高名といわれる呪術師の名前と顔の肖像画が数項に渡って並んでいる。どの人物も痩せていて暗く落ち窪んだ目が印象的だ。
夢に出てきそう、とか思ってたら眠くなってきたので、本を閉じて文机の上のライトを消した。
寝ているビションフリーゼをベットの木枠に止まらせてから私もベットに横になった。その隣でシュナンは胎児の様に丸くなって寝ている。
「・・・『呪い』ねぇ。」
声を出せなくする魔法も記憶を奪う魔法もあるけど、数分作用する位の一時的なものなので殆ど使われることはない。
過去には大規模な呪術師狩りなんかもあったくらいだから、他者の人生を邪魔したり狂わせるような強力な呪術はやはり脅威でしかないと思う。
大切な人も大切な思い出もみんな忘れてしまったシュナン。
綺麗な彫刻の様な寝顔。
もしかしたら、彼に想いを寄せる誰かが呪いをかけた?それとも美しさに嫉妬した誰か?
微睡みの中、幼い頃に読んだ童話に登場した魔女を思い浮かべた。主人公の美しいお姫様への嫉妬に狂う魔女。
『鏡よ、鏡。鏡さん。
世界で一番美しいのは誰?』
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