第16話 アメジストの誘惑
「皆様、大変ご迷惑おかけ致しました。」
「てか、ビアンコ大神官初めて見た!!」
「実在してたんだな。」
「しかも副大神官とのコラボ。」
「感動しちゃったよ。俺。」
ん?
なんかウチの父って空想上の生き物みたいになってんの?
そういや、前の神殿研修でも度々姿を現してたけど、他の神官がいない時だったような。
「いいなぁ。アイレン話しかけられてたじゃん。」
「いいだろー?オーラ半端なかったよー。
自慢しちゃおー。」
他の先輩に言われて何故か得意気なアイレン先輩。
えっ!?大神官ってそんなレアキャラみたいなカテゴリーだったの?
盛り上がる先輩神官達。
将来、私も若い神官達にそんな風に思われちゃうのかなぁーとうっすら不安を感じずにはいられない(涙)。
終礼の後すぐに自室に向かった。
「ただいまぁ。ビション。シュナン。
いい子にしてた?」
「おかえり。お疲れ様ー。」
ビションフリーゼとシュナンは床にお菓子を広げながら、私が持ってきた分厚い本を読んでいた。ラグドールの魔法書だ。
私は神官帽とビン底眼鏡を文机に置いて椅子に腰掛けた。
座った私の膝に寄りかかるシュナン。真剣な表情で魔法書から目を離さない。
「あ、そうだ。」
ポケットから例の首輪を取り出してシュナンの首に着けた。振り返ってこちらを見上げる仕草が堪らない。
「何?そのダッサイ首輪。」
ビションフリーゼが私の肩に飛んできた。
『えっ?ダサいの着けられてんの?』みたいな表情のシュナン。
何か段々、自我というものが表情で読み取れる様になってきた。
「お父様が『ワンちゃんに着けてあげてね♡』ってくれたの。」
「またいらしたのね?ピッテロ様。
てか、なんでシュナンちゃんがワンちゃんてことになってんの?」
「・・・流れで。」
ゴツくて重そうな首輪が意外に似合ったりしてるシュナン。結局、美形は何でも似合うんだよね。
ところで、なぜ私が素直に父の言いつけを守るかというと、守らなかった時がとても面倒臭いからだ。そして、ある程度の父のお願いを極力守っていると、本当に無理難題なお願いをされた時にさらっと断ることができるというのも理由のひとつ。
「ん?どうしたの?」
それまで熱心に読書をしていたシュナンが私の右手を取った。白い皮手袋をはずされた手にはまだ焦げ跡が残る。
シュナンは私の手の甲にふうっと息を吹きかけた。
焦げた手がみるみるキレイになっていく。
治癒?浄化?
ううん。これは・・・。
「復元?」
にっこりと微笑んで左手にも同じことをしたシュナン。
復元は高度魔法だ。
魔法書を読んだだけでできる魔法ではなく、時間そのものを操作するので、使えるようになるためにたくさんの段階を経て厳しい修業にも耐えなければならない。私達神官よりは賢者が得意とする分野の魔法なのだ。
「きゃーっ!!シュナンちゃんっ!
天才~!!神~!」
ビションフリーゼが黄色い声で叫ぶ。
両手を見つめる私。
『褒めて褒めて!』と今にも尻尾を振りそうなシュナンの顔。可愛い!!
「偉いね~。シュナン。ありがとう!」
頭を撫でてあげるとさらに嬉しそう。
可愛すぎっ!殺す気かー!!?
シュナンが悶絶する私の腕を引き寄せたので、バランスを崩して椅子から落ちてしまいシュナンの膝の上に乗ってしまった。
私を見つめる目が『捨てられた仔犬eyes』。潤んだアメジストの瞳に吸い込まれそう。
何か言いかけようとシュナンの形の良い唇が震えた。そうなるともう唇から目が離せなくなる。
暫く見つめていたが、彼の唇から何の音も紡がれることはなかった。
「だから、近いっつってんでしょ?」
私とシュナンの顔の間にずいっと割り込んできたビションフリーゼ。ふわふわした羽毛が鼻先に触れる。ビションフリーゼのモフモフ感も大好き♡
滅多に触らせてくれないんだけどね。
ビションフリーゼを無視して甘い笑みを浮かべるシュナンは熱を帯びた腕で私の腰を抱き寄せた。
「ぐえっ!」
蛙が潰れたような声を出すビションフリーゼ。というか、私達の顔で本当に潰されている。
羽毛のフワフワが幸せ~♡癒される~♡
「ちょっ!本当に苦しいってば!!
でもシュナンちゃんの顔がこんなに近くに・・・っ!
もう死んでもいいわっ!アタシ!」
バタバタ藻掻く黄緑の羽の間から覗くシュナンの紫色の視線に気付いた。
表情はわからない。
アメジストの瞳の奥にチリチリとした白い炎が静かに揺らめくのが見える。
父から戴いた首輪のお陰なのか、その日からシュナンが悪夢に魘されることはなくなったし、あの黒い翼を見ることもなくなった。
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