第4話 クリシュナ神様

 自分が食べ終えた食器を洗い、礼拝堂に向かった。

 さっき、アイレン先輩から案内されたときは礼拝堂の扉の前までだったので、まだクリシュナ神様にお会いしていない。


 エントランス右奥に進んで礼拝堂のドアノブに手をかけた。


「・・・?」


 何だろう。

 この感じ。


 今までにない異様な空気に一気に鳥肌が立つ。


「ロザリオ?どうしたの?」


 左肩に止まっているビションフリーゼが訝しげに尋ねてきた。いつもは敏感なビションフリーゼはなにも感じていない様子。


 気のせいとは思えないけど、意を決してドアを開け放った。


 ゴォォ!!


「ナニ?窓あいてんじゃないのぉ??」


 目も開けられない程の突風が礼拝堂内部から吹きだしてきて、風によろめいたビションフリーゼが叫ぶ。

 風っていうか『圧』のような感じだったけど。

 これってもしかしたら私、クリシュナ神様に歓迎されてないのかしら??

 一瞬で収まった『圧』から解放されて正面上部に鎮座するクリシュナ神像をやっと見られることができた。

 色とりどりのステンドグラスから射し込む光が白い像に煌めいて更に美しさを引き立てている。設計デザイナーさん、グッジョブ!!


「「キレイ・・・。」」


 私とビションフリーゼはほぼ同時に溜息まじりの感嘆の声をあげた。もちろん目はハート♡



 クリシュナ神様は美形の神として有名で、恋多き方だった上に何人も奥様がいらっしゃったそうな。

 中性的で整ったお顔立ちで引き締まった体躯。美しすぎてクラクラしちゃう。

 この像を造った人、天才!神!!!

 クリシュナ神様が実在してたら鼻血垂れ流しすぎて出血多量で死んじゃうかも!


「ヤバいヤバいっ!!!

 アタシ!もう!死んでもいい!!」


 興奮した色ボケオウムがバッサバッサと大理石の床をのたうち回る。


「これから毎日クリシュナ様の礼拝できるんだよね?幸せっ。」


 鼻を押さえながらも(鼻血出てないか確認。出てなかった!)こぼれるニヤニヤを押さえられない私。


 モゾッ


「ん?何?」


 クリシュナ神像の真下あたりで黒い塊が動いた。イケメン像に夢中で気づかなかったけど何だろう。獣?


 視線は黒い塊から離さないままに歩みを進めた。

 近づくと塊の大きさがわかってくる。

 私と同じくらいかしら。


 先刻の神殿内部に異常はないと言っていた先輩神官の言葉を思い出し、

 

 だとしたら、あの騒動の後に現れたの?


 この黒い塊については神官長に直ぐ様報告すべきだと頭の中で警告音が響いた。

 今の私はシンガプーラ神殿所属の神官。

 勝手な行動は許されない。


 バサッ!


「ロザリオ?

 ストップよ!」


 異変に気付いた様子のビションフリーゼの声にハッとした。

 私の金色の瞳は無意識に普通には見えない物を映すことがある。


 あの黒い塊は普通には見えない物なのだ、と漠然と察知する。


「ビションちゃん。一応確認するけどね。

 クリシュナ様のお御足の下に何か見える?」


「・・・祭壇。」


「その祭壇の前あたりは?」


「何も無いわよぉ?」


 ビションフリーゼと会話を続けつつ祭壇の前までやってきた。

 やはり、この黒い塊は私にしか見えていない模様。ビションフリーゼが身震いをする。

 視線を外さない私と私の視線の先を交互に見ている。


「いやっ!

 怖い!怖いってぇー!」


「うん。私も怖いよ。

 これは報告すべき事案だよね。」


 この黒い塊が何時いつからあったのか、この礼拝堂に初めて足を踏み入れた私にはわからない。

 ドアを開けたあの時なのか、

 昼間の轟音が響いたあの時なのか、

 ずっと前からそこにあったのか。


 ふと見上げると、それまで無表情だったクリシュナ神様が優しく微笑んでいる気がした。

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