形にならなかったもの

ショーン

第1 判断つかないもの

 ある月曜の朝、いつものように集まった。坂道を上る伊藤くんの頭が浮かんでくる。決まって遅れて来るくせに、何の遠慮も無しに先を歩いた。それを追いかけた。

「午後は雨らしいよ」

古いアスファルトのひびに傘の先端を引っ掛けながらついてった。そこから生えてくる草花や、石のひと粒ずつを捉えながら、膝の跳ねるリズムを楽しみにして森山小学校へ向かった。見失わないように、時々顔を上げては伊藤くんの黒いランドセルを探した。

 なぜ朝なのに月が見えるのか、と伊藤くんが指さして訊く。僕は嬉しくなって、この空の下で迷子にでもなったみたいにもう青白い月を探した。

「やっぱり今日は雨が降るね。」

 伊藤くんはこうした僕のやり口を面倒に思っていた。僕を気障な奴だと言った。目も当てられないみたいだった。学校のある日はほとんどずっと一緒だっただから、あんまり長いこと空を見上げているのもすぐに恥ずかしくなった。彼は振り返って、僕と目が合うと電柱を指さして言った。鳥のフンが降ってくるぞ。電線に止まっていた一羽の鳥が、矢のように空を走っていくのを見た。僕と伊藤くんはもう5年も通い続けたこの道を今日も何とか歩いて行くが、あの鳥はきっと僕らより長いこと、このあたりでフンをしてはごみを漁ったりを繰り返しているのだろうな。地面に落っこちたフンの跡に注意して歩いた。鳥のフンについては、僕ら小学生をいつまでも悩ました。毎朝毎朝フンのことを考えさせられてたまるか、と子供ながら奮闘した。大人になった時、なんでもフンと比較して考える癖がつかないように。イヌなんかのにも同じことが言えた。忘れたころに降ってきては頭や肩にかかり、次第に忘れられなくなった。僕らはわざと大げさに騒ぎ立て、呼びかけ合って、フンについてはなるべく考えないようにした。

 僕らの登校のお約束は他にもあって、たとえば遠回りをやった。伊藤くんは抜け道と言ったけど、本来まっすぐの広い道を敢えて一度外れるだけの、言葉通りの回り道だった。もちろん、僕は抜け道にわくわくしている風を装った。ここでのみ先頭を歩いた。急に会話の量が増えた。細い枝分かれした道を毎朝通っていた。伊藤くんは、僕のランドセルを引っ張りながら言った。

「さっきの月の話やけど、なんでか分かる?」

「理科で習ったでしょ。」

「せやけど、覚えてんの?」

「夜は太陽が無いから見えやすいだけで、月は昼にも出てるんだよ。」

「じゃあ、クモの巣のやつとかツバメのやつとか知ってるか?」

「天気わかるやつ?知ってるよ。」

「じゃあ、今日は晴れでしょうか。雨でしょうか。」

「答えてもいいけど、さっき天気予報見たから。」

「うーわ、おもんな。」

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形にならなかったもの ショーン @sozoro

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