第64話「誰が姉御だ」

睡魔に負けた私が爆睡したあと、綾瀬 実里直伝・農業講座を開始した。


途中何度か私を起こしにデュークが我が家へ来ようとしたらしいが、クラークが「命が惜しかったらおとなしく起きるのを待ちなよ」と若干青い顔で首を横に振っていたので止めたらしい。


私を無理矢理起こした結果どうなるか、クラークはその身をもって知ってるからね。



「めんどいけどちゃっちゃと進めましょー……ふぁぁ」


寝起きでまだ頭が覚醒していない。次々と欠伸が溢れた。


「やる気の欠片もない講師だな……」


「シャラップ、そこの中年小人」


やる気はあるとは言えないけど、結果的にアレンの手料理が更に旨くなるなら無理矢理にでもやる気を引っ張り出す。


地道な努力によって大きな利益となるのなら協力は惜しまないよ。ちなみにこの場合私にとっての利益とはアレンの手料理だ。


利益って言うのかソレ……と思ったそこの君、ちょっと廊下に立とうか。


アレンの飯は私の最大の利益だ。私の胃袋をがっちり掴まれちゃったんだ。餌付けは着々と成功している。腹減ってないときでもアレンの飯が恋しいと思うほど。なので沢山作ってもらって晩飯前に摘まんだりする。


健康に配慮して野菜のつまみオンパレードだから、小人親子の農作物が劇的に旨くなればアレンの飯も同様に劇的に旨くなるということ。


幸いこの世界の食材は基本地球のものと同じだ。農作物も同様。たまに「なんだこの珍妙な食材は!?」と驚愕するものもあるが基本は向こうと同じ。なので異世界の農業講座を伝授してもなんら支障はないのである。


農業とは、作物が実るまで長い時間をかけてゆっくり成長させるもの。だが油断は禁物。少しの油断が作物を駄目にしてしまう。自分の時間を全て畑に費やし、常に畑と向き合わなきゃいけない。ある意味戦場だ。


一からこいつらに仕込むとなるとかなり根気がいるだろう。


何気なく村人達を観察してきたけど、この親子はやる気はあるけどめんどくさがりな面があって作業を疎かにすることもしばしばあり、そのくせせっかちなのかまだ熟していないのに早く作物を収穫してしまう。


この二人には真面目に物事に取り組む心得とワンコの奥義・待てを叩き込まないと話にならない。


「じゃあちょっとスパルタでいくから……ふぁぁ」


「ははっ!嬢ちゃん、欠伸しながら言われても全然恐くねぇよ」


「ミノリに教わるなんて新鮮だなー!」


なんて笑っていられたのは始めのうちだけだった。


じわじわとスパルタになっていく農業講座に彼らの顔が強張っていき、私が鞭を取り出したときには再び姉御呼びをされた。鞭打ちの刑を執行した。


教鞭がないから鞭を代用しただけなのに。


ほら、教鞭があった方が先生って感じするじゃん?けどうちにはそんなのなかったから、代わりに鞭を使ったの。決して夜の女王気取ってる訳じゃないんだよ。


小動物或いは幼児虐待で警察に突き出されそうな光景が広がってるがそんなつもりは断じてない。これは教育デス。


だがしかし残念ながら途中までは集中力が欠けていた。一言二言喋る度に欠伸が出なきゃ二人ももっと集中できたのかもね。



端から見たらあまりにもやばい光景だったので、詳細は割愛させて頂きます。


ただまぁひとつだけ言うならば、二人の姉御呼びが定着してしまったことかな。


その後、クラークとブラッドにお前何やらかしたらあんな怯えられるんだよという目で見られたが私は何も悪くない。



農業講座が終わり、二人が帰ったあとすぐにアレンが帰宅したので食卓にてそれを報告した。


「小人親子に農業講座を伝授した」


「げほっ!!」


何故か咳き込んだ。


「おまっ、ななな何を伝授したって?の、農業講座?お前農業のあれこれ分かってんのかよ!?」


「分かってなかったら教えてないって」


「お前に先生役が勤まるとは思えん!正直に吐け!」


「汚いなぁ」


「物理じゃねぇ!!」


チョップをくらった。脳天が揺れた。


ほんのちょっぴりむくれながら頭を擦る。


「……あのねぇ、私別に生まれてからずっと自宅警備員やってたんじゃないからね?これでも経験豊富なのだよ」


「信じられるか!」


嘘じゃないのになぁ。


まぁ信じてくれなくても別にいいや。過大評価されるよりましだ。無駄に期待させるよりはじめから評価が底辺の方がこちらとしても動きやすい。


期待されればされるほど、頼りにされればされるほど、動きにくいったらありゃしない。できなかったときにバッシングも受けるし、一気に信用も失う。なら最初から期待するなと何度思ったことか。


期待されるのも、無闇に頼りにされるのも、友人知人でもないのに心の底から無条件で信用されるのも、もううんざりだ。



ぐいっと味噌汁を一気に飲み干す。



「嘘は言ってないけど、信じられないなら別にそれでも構わないよ」


まだ疑いの眼差しを送ってくるアレンにそう言って、ずっと疑問に思ってたことを口にした。


「それよりも、なんでアレンは小人親子の畑から野菜買ってたの?あそこのは不味いらしいのに」


「え、ああ……デューク達の畑から買うやつってほとんどいなくてな。収入が少なくて税は納められないし自分達の飯もないしでかなり厳しかったんだ」


「そんな酷い状態だったのね」


「そのくせあいつら、金の貸し借りは嫌だ!って言って金を貸しても突っ返されてよ。だから野菜買うことで二人の収入になればと思ってな。味付け工夫すれば不味い野菜も旨くなるし」


「説得力すごい」


今日の晩飯で使った野菜も小人親子の畑のものだという。きれいに平らげちゃったよ。めっちゃ旨かったよ。


「アレンはお人好しだね」


「ああ!?ちっげぇよ!役人として村人助けるのは当たり前だろーが!」


「素直じゃないね」


「うっせぇ!!」


「ツンデレ乙」


ぎゃあぎゃあと、二人しかいないのにやけに騒がしい。


小人親子の農業問題も私が直々に伝授したから、あとは努力次第でどうとでもなる。念のためたまに監視……いや確認するからもう大丈夫かな。


これにて一件落着。



今日の夜は賑やかに更けていった。


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