第65話「ちょいと昔を語ろうか」
いつも通り朝食を食べてアレンを見送り、暇な時間がやってきた。
さて今日は何をしよう。
「読書?……いや、書斎の本は全部暗記してるしなぁ」
だいたいのものは一度読んだら暗記してしまう。
地下にも書斎があるけど、あれは読むまでもなく全て覚えてるからなぁ。そりゃそうだ。なんせ、あの部屋にある本は全部……
「ミノリちゃーん、ちょっといい?」
窓枠に肘をついて外をぼんやり眺めていたら下から声がした。呼ばれたのでそちらに顔を向けると、クラークが我が家の前でにこりと笑って手を振っていた。
中へ入れて自室に促す。
「いやぁ、慣れってすごいね。はじめはこの屋敷に入る度に汚したり壊したりしないかヒヤヒヤして萎縮してたのに、今や堂々とミノリちゃんの部屋で寛いでるんだから」
ソファに腰掛けて、私がいれた紅茶を啜るクラーク。私も自分の紅茶をこくりと飲む。
茶葉は調理室の奥の棚に眠っていた。封を開けてなかったので賞味期限は無視した。一応腐ってないか確認したから大丈夫。
異世界の飲み物に感動したらしいクラークは「これ美味しい。また飲みたいな」と目を輝かせていた。
「店は?」
「今日は休みだよー」
「何の用?」
「ミノリちゃんさぁ、もう少し会話を楽しもうよー。そんな淡々と喋ってて疲れない?」
「無駄話に花を咲かせる暇があるなら簡潔に述べてほしいとは思うけどね」
「日頃常に自分が一番無駄な会話してる自覚あるー?」
辛辣クラーク見参。
だが超強力防弾ガラス製の私のハートにはヒビひとつ入らない。
「あ、違った。この世界に来てからは誰かと話すの楽しいかな」
おっと思わず本音が。
クラークが目をぱちくりし、顔を綻ばせた。
「それは嬉しいなー。ん?てことは前の世界では誰かと話してもつまらなかった?」
クラークの疑問に少し考える。
つまらなかったとは思ってないけど……
「つらかったかな」
「つらい?」
「話は合わないし、皆私を遠巻きに見てるか媚びへつらうばっかだし。それに何より、誰ひとり私についてこれなかった。会話でも技術でも、何もかも。だからつらかった」
誰かと居て楽しかった記憶なんて皆無に等しい。楽しい思い出だって家族との時間だけ。それ以外で私の表情筋が動くことも感情が揺れることもなかった。
薄汚い私欲と醜い嫉妬にまみれた視線、言葉、行動。思い出すだけで吐き気がする。
話を聞いていたクラークが段々と表情を翳らせた。
「……ねぇミノリちゃん。君ってさ、前の世界では何の仕事してたの?」
「突然なにさ」
「いやだって、簡単に巨大生物倒すしエイミーの仕事も手伝ったらしいしこの間はデューク達の畑問題をあっさり解決しちゃうし……もしや他にもできることある?」
「色々やってるよ。主に食品会社、医薬品・医療会社、服飾会社、アニメ・ゲーム製作会社、文具メーカー、化学研究機関に籍を置いてる。他にもあるけど大体こんなもんかな」
「…………」
「医療会社に勤めてたから、それ関連で病院に行かされたりもした。治療だって幾度となくしてきたし、手術にも携わった。薬を飲みやすいものに改良したり、副作用がない薬だって山程開発した」
「…………」
「服飾会社にも勤めてたから服とか小物とかの新作もバンバン出したし、飛ぶように売れた。研究機関では様々な研究をしてたけど、一番新しい功績は不治の病を治す遺伝子を見つけたことだね。あとほぼ同時期にガンを完治させる薬を開発した」
「…………」
「アニメ映画とゲームは幾つもヒットしたし、自分で物語を書いたりしたなぁ。全部中学卒業と同時に辞めたけど」
ぽかんと口を開けて絶句してたクラークが最後の言葉に我に返って問うた。
「なんで辞めちゃったの?」
ふっ。愚問だな。
「ぐうたらニート生活がしたかったからに決まっておろう」
瞬時に残念なものを見る目へと変わった。
「大体、親の遺産も腐るほどあるのにあの人達働かせすぎなんだよ。下手すりゃ親より稼いでたよ。毎日毎日ありとあらゆる仕事をローテーションしてもうヘトヘト。辞める直前に各業界向こう3年くらい進歩する研究結果を叩き出したから文句は言わせなかった」
あーでも、もう2年以上経ってるからそろそろ連絡来るかもなぁ。めんどい……無視するか。……いや待てよ。そもそも異世界にいんのに連絡取れるのか?そこら辺分かんないや。
まあいい。どうせ私は異世界にさよならした身。地球にはなんの思い入れもないので、研究が停滞しようが他人がくたばろうがどーーでもいいのだ。勝手にやってろ。私は知らん。
「……無職タダ飯食らいの駄目女かと思ったら、とんでもない天才だったんだね」
「天才って言われるの死ぬほど大っ嫌いだから言わないでくれる?」
「うーん、やっぱ変わった子だなぁ。わかったよ、言わない」
「で、話脱線しちゃったけど、クラークの用事って何?」
「あっ、そーだったそーだった」
懐をごそごそしだしたかと思いきや、何か折り畳んだ紙を取り出して目の前に広げた。
「この世界の言葉教えてあげるからさ、代わりにミノリちゃんのいた世界の言葉も教えてほしいんだ」
いきなり何を言い出すんだ爽やか青年よ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます