第59話「それぞれの事情」

アレンは仕事で巨大生物の討伐に行ってて、クラークはどっかの村にまた本を仕入れに行ってて、ブラッドと小人親子は肥料を買いに行ってて、チェルシーとクリスはハルバ村にて遊んでいる。なのでラクサ村は今私とエイミーしかいない。


「海も陸も駄目かぁ」


「ごめんなさいね、せっかく退院したところこんな話しちゃって」


「別にいーよ。私から振った話題なんだし」


「幸い、まだ時間はあるからゆっくり考えるわ。話を聞いてくれてありがとう」


今日は店はお休みらしいので家にいるとのこと。そいやすごい今更だけど、我が家の隣の赤い屋根が目印のクラークの家と向かいにあるブラッドの家と少し離れたとこにあるそれらより一回り小さい小人親子の家しか見かけないけど、他の人の家はどうなってるんだろう。


アレンの家は我が家が潰してしまったと聞いた。クリスはクラークの家に住んでるとも聞いた。でもチェルシーとエイミーの住み処は知らない。それらしき建物も見当たらない。


「ねぇ、エイミーとチェルシーの家ってどこにあるの?」


「私?ここよ」


ここ、と指差したのは……池。


ブラッドの畑の横にある、底が見えない池だった。


「この中に私の家があるの。人魚の住み処は水の中なのよ」


そりゃ人“魚”だもんね。魚が陸に家建てても死期が早まるだけだ。


「チェルシーは?」


「あの子は家がないの。特定の場所に住み処を作るのを極端に毛嫌いしてるのよね。親が放浪癖があるってのも理由のひとつかな」


「そーだったんだ。あ、もしかして前にアレンが言ってた放浪癖があってほぼ村にいない住人ってチェルシーの親?」


「そう、お母様。もう何年も帰って来てないわ。今はどこにいるのやら……」


呆れたため息をつくエイミー。重度の放浪癖がある親を持つと大変ね。


「ふーん。そっか。せっかくの休日だし、まった~りのんび~り過ごしなよ」


じゃあ私寝るから、と我が家に入る。


皆、それぞれ何かを抱えてるんだなぁ。何も苦労してない人なんてこの世のどこにもいないだろうけど。もしいたとしたらそれは苦労してないんじゃなくて、苦労してることに気付かないおめでたい頭した人だ。


そんな脳内花畑な人は、ちょっぴり羨ましいな。


自室のベッドに枕之助を持ったまま大の字に寝転がる。


そのまま寝ようとしたけれど、不思議と眠気はやってこない。エイミーのことが頭の隅っこで燻っている。思考を放棄して今すぐ寝たいのに、私の頭はそれを許さない。


「……ふぁ……」


欠伸は出る。でも眠気がない。寝たいのに寝れないなんて滅多にないのになぁ。


「……どっこいせ、っと」


おっさんか!と突っ込みが入る声で起き上がり、枕之助を両手でもぎゅっと抱き締める。ごめんよ枕之助。本来の役割を果たすのはちょいとばかし後だ。


エイミーの問題を解決しないとぐっすり眠れそうにないのでね。


お行儀悪いのは承知の上。ベッドの上で胡座をかいて頬杖をつく。


「さて、まずは売り場だな」


海は場所がない。エイミーの口振りだともし仮に場所取りができても村から距離があって往復するのが大変なのかも。


地上でも大丈夫かと思ったけど、商品が海の住人向けだから難しい。いや、それはモノによっては改良できるからいい。ただ、アクセ……小物ってことはクラークの店と若干被る。それだとラクサ村以外の場所で売っても繁盛する可能性が低い。


よその村からクラークの店に来る人も結構多いし、他の村でも雑貨屋とか小物を売ってる店とかあるみたいだし。


だからといって遠くに店を構えても往復が大変だしなぁ。


それに、できれば巨大生物の脅威が行き届かない安全な場所で営業してほしい。戦えないなら尚更。


何の気なしに窓の外の景色を見つめる。


雲ひとつない青空に大小様々な鳥や人の形なのに羽根を生やしたひとや飛ぶ魚、鳥とも人とも言えないよく分からない生き物などがちらほらと上空を羽ばたいていた。


「…………あっ」


青空と、飛ぶ生き物。


それらを見た瞬間、脳みそに電流が走ったような感覚に陥った。


がばっ!と、いつも動きが超スローモーションな私にしては素早い動作で立ち上がり、枕之助を脇に抱えて窓を開けた。


ちょうどクラークが仕入れから戻ってきてたようで、荷物を地面に下ろしたところで私に気付いた。


声をかけようとしてるところ悪いが君に用はない。


窓枠に足をかけて身体を前へと倒す。外へと投げ出された身体は真っ逆さまに落ちていった。


空中でぐるんっと半回転し、1階の窓枠に片手を引っ掛けて衝撃を和らげてから着地した。


「なっ、何やってんのミノリちゃん!?身体大丈夫!?足は……」


「ごめん今それどころじゃない」


ひどく動揺してるクラークをスルーしてエイミーの家である池に顔を近づける。


「エイミー!ちょっといいかな?」


数秒もしないうちに池から飛び出してきた美人な人魚さん。


「どうしたの、ミノリちゃ……」


「下が駄目なら上で商売すればいい」


「…………え?」


情報処理が追い付かず目を白黒させるエイミーの目をしっかり見据え、天へと指を突き刺した。


「海は駄目。陸も駄目。……なら、空で商売すればいい」


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