第44話「便利すぎるのも困りもの」
次に目が覚めたのは昼と言うには遅く、夕方と言うには早い中途半端な時間だった。
「おはよう枕之助……」
枕之助に顔を埋めてもふもふタイムを堪能し、のっそりと起き上がる。
アレンはぐっすり眠れたかな。
彼が寝ている部屋に行ってみるとそこはもぬけの殻だった。私より早く起きたんだろう。
備え付けベッドに触れてみるとほんの少し温かかったので起きたのは私より少し前だ。
「熟睡できたなら良かった」
この世に熟睡できない人ほど憐れなものはないからね。
日頃の疲れはなかなか取れず、ストレスは解消されず、精神的に病んでいき、目の下のクマが取れなくなる。色々な柵に囚われている社会人にはさぞ多いことだろう。
そういう人達には是非とも1度だけでもいいから安眠してほしいと心から願う。1度熟睡するだけでも全然違うんだから。
本当なら全人類に毎日熟睡してほしいところだが、仕事をしてる人はそうも言ってられないのが現状だ。社会の荒波に揉みに揉まれ、会社に巣食う闇に飲み込まれながらも懸命に働く社会人にはとても難しいことだろう。
老化と共に寝にくくなるのだから若いうちに沢山寝ておこうぜ皆の衆。熟睡できる幸せを噛み締めれるのは今だけだ。
「睡眠ってなんて幸せなひとときだろう」
「お前は常に寝てばっかだったろ」
枕之助を両手で抱き締めてぽつりと独り言を溢したら背後から呆れ気味なアレンの声が鼓膜を揺らした。
「本日2度目のおはよう」
「はよ。よく眠れたわ。ありがとな。おかげ様で仕事が滞ったがな」
それは知りません。
「さっき風呂掃除しといた。あと晩飯とつまみ作っといたから腹減ったときは調理室行けば飯はある。俺はこれから仕事だから夜になっても帰れるかわかんねぇけど、あんまぐうたらし過ぎんなよ」
「そっかぁ…………ってちょい待って。今風呂掃除終わったって言った?」
私の聞き間違いかな?数人がかりで掃除しても何時間もかかっていた風呂場の掃除をたったの数十分で終わらせたなんて私の耳がおかしくなったのかな?
しかもなんか晩飯の準備も万端って聞こえたんだけど。
「これくらい朝飯前だ」
ちょっぴりドヤ顔でそんなことを言ったアレンに更に驚愕した。
「一人で?」
「おう。他に誰がいんだよ」
「あの馬鹿デカい風呂場を?」
「だからそう言ったろ」
「あんた化け物?」
「人間だわ」
口元に手を当てて異常者を見る目でアレンを凝視した。使用人達がひーひー泣き言言ってたってのに、この男はたったの一人で、しかも数十分という化け物以外の何者でもない驚異の早さで終わらせたなんてどうかしてるとしか思えない。
念のためチェックしてみたが、それはもうピッカピカに綺麗にされていて文句なしだった。晩飯もフライパンや鍋にそのままの状態で置かれていた。完璧やで。こんな嫁さんほしいわぁ。
「こんなん、ラップして冷蔵庫入れときゃいいんだよ。そうすればレンジでチンするだけだし」
「れいぞうこ?」
「文明の利器ぱーとつー」
食器棚から適当にお皿を出して盛り付け、サランラップで蓋をして両開きのこれまたデカい冷蔵庫にIN。
アレンが鳩が豆鉄砲くらったような間抜け面引っ提げてたけど、冷蔵庫の存在も知らないなら昨日の晩飯の残りはどうやって保存してたのか。
それを聞いたら「ここ滅茶苦茶涼しいからこの部屋自体が保存に適した場所だと思った」とその辺に放置してたことが発覚。
なので特別に調理室のことを丁寧に教えてあげた。冷房調節できるけど万が一壊れたりしたら夏とかだったら一瞬で腐敗するからね。食材の無駄遣いはNGだ。
調理室をほぼ利用したことがない私でも家電製品や器具の説明はできますよっと。
一通り教えたのだが終始アレンは間抜け面で感嘆の声を漏らすだけだった。異なる世界の驚異的科学力に戦慄いたのか。
そしてようやくアホ面から我に返ったアレンはわざとらしく咳をして背筋を伸ばした。
「説明ありがとな。助かった。にしても、この世界とは違って科学が発展しすぎじゃねぇか?驚きの連続なんだけど」
「そうなんだよ。人類は1度江戸時代くらいに戻って現代の文明の利器の有り難みを味わうべきなんだよ。それが当たり前だと思ったら大間違いなんだからさ」
今時の地球人は文明の利器に慣れすぎてるせいでそれがそこにあるのが当たり前だと思い込んで有り難みというものが皆無だ。特に最近の若者。その筋の研究者や会社員にとても失礼だ。もっと感謝しなさい。
「な、なんかよく知らねぇけどお前なりに考えてるんだな。意外にも」
「そう。意外にもね。こんなでも考えるときはあるのよ」
ここ数年は食っちゃ寝ばっかだったから、滅多にそういうこと考えなかったけどね。
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