第43話「ある意味超常現象」
真っ赤な顔をしてバスタオルで下半身を隠したアレン。
「ななななんで入ってきたんだよ!?風呂上がりに襲う気か!?」
「着替え持ってきただけだよ」
「冷静すぎる反応!!この状況でなんとも思わないのか!?」
「結構筋肉引き締まってるね」
「そこじゃねぇぇぇ!!いや、嬉しいけどよ……」
「何?そのぶら下がってるやつ指摘してほしいの?変態だね。引くわぁ」
「誰が変態だ!!つかマジで冷静だな!表情だけじゃなく感情も死滅してるのか!」
ぎゃあぎゃあと騒がしいなぁ。異性の裸を見たくらいじゃ私の表情は崩れんよ。
「アレン。生き物の裸体はね、ただの肉塊なんだよ。恥ずかしがることじゃない」
「お前は自分が人間だっていう自覚を持て」
「事実を言ったまでなのに……あ、着替え置いとくね」
脱衣所に放って扉を閉める。
風呂場から立ち込める湯気がちょうどいい具合に眠気を誘ったせいで欠伸が止まらない。
あ、いっこ言い忘れてた。
「ふわぁ……両親の部屋には入らないでね。それ以外ならどこでも好きに使って」
中途半端に扉を開けて中に向かって声を上げた。アレンが何か言う前に閉めて欠伸を溢しながら自室に戻り枕之助と一緒にベッドに横になった。
他に注意事項はない。飯と風呂さえ保証されればあとは好きにして構わない。
てなわけで私はもう寝ます。限界です。
「おやすみ……枕之助……」
秒で意識は闇の底に沈んだ。
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――――――――――
鼻腔を擽る香ばしい匂いでふっと意識が浮上した。
なんだろう、この良い匂いは。
もっと寝ていたいのにこの匂いが頭を覚醒させてくる。
ゆっくり瞼を開き、ベッドから這うように出た。もちろん枕之助を腕の中に閉じ込めて。
寝癖を直すこともせず、ヨレヨレの服もそのままにふらつく足取りで廊下に出て匂いの発生源を辿る。そこは扉が開きっぱなしになっている客室だった。
そっと中を覗き見ると、昨日渡した着替えの上から防具を着たヘンテコな格好をしたアレンが料理を次々と並べているところだった。
昨日の晩飯の残りと新たに作った煮物や和え物などをテーブルに並べているアレン。
目を擦って寝ぼけ眼で薄ぼんやりした視界を抉じ開けたがその際に扉に肘が当たった。その拍子にこちらに振り向いたアレンが僅かに驚きの表情を見せ、そして何故か途端に不機嫌になった。
「はよー。……お前なぁ、朝起きれるならちゃんと起きろよ。昨日と一昨日はなんだったんだ」
ぱちり、と瞬きして壁に掛けてある時計に視線を移す。短い針が7を差し、長い針が0と1の間を差していた。
えっ……まだ昼になってなかったの?
「…………おはよ。超久々に朝起きた」
自分でもびっくりした。昼に腹時計が鳴らない限り目を覚まさなくなったとばかり思ってたから。
朝、自分で起きれたのは何年ぶりだろう。目覚まし時計も携帯のアラームもなしに自発的に目が覚めたことなんて、両親がいた頃にもあまり記憶にないのに。
アレンの手料理のおかげかな。
「あんだけ叩き起こそうとしても返り討ちにあってたのが馬鹿馬鹿しいじゃねぇかよああん?」
「あたたたたたたアレン痛い」
首を締め付けられた。昨日と一昨日の鬱憤を晴らすかのようにじわじわと。
おっかしいなぁ。アレンもちゃんと寝たんだよね?睡眠は疲労・ストレス回復に最適だって教えたのに。ストレスが緩和されれば暴力も減ると思ったのに。
「アレン、昨夜の睡眠時間は?」
「あ?………4時間弱」
「おのれは何しとんじゃ」
踵を思いっきり踏んづけた。アレンが短い悲鳴を上げた。
「そんな短時間で疲れが取れるか!ご飯食べたら速攻寝るよ」
「いやでも今日こそ仕事を片付けねぇと…」
「ごちゃごちゃ煩い。早く食べて寝るよ」
強制的に座らせてスピーディーに食事を終え、昨夜アレンが使ったという空き部屋の備え付けベッドに放り込んで私の部屋に置きっぱなしにしてたCDコンポをそこに運んだ。
適当に選んだCDを入れて再生。
この曲は確かドビュッシーの「夢」。まさにパラダイスへ羽ばたくにはうってつけの曲だ。
「さぁアレン、リラーックス。何も考えなーい」
毛布を上から被せて子供をあやすように一定のリズムを刻んでぽんぽんと優しく叩く。眠気を誘う曲も相まって次第に寝息が聞こえ始めた。
よし。これで幾分か暴力沙汰は抑えられる、と安心したのも束の間。「ふぁぁぁ……」でかい欠伸が出た。なので私も寝ようとしたが客室の食器がそのまま放置してあることを思い出した。
……一昨日から世話になってるんだし、食器を片付けるくらいはしといた方がいいかな。家事全般任せた上に、仕事してるとこはいまだ見たことないけど役人だし。少しくらい手伝っといた方がいいよね。
客室の食器を調理室の洗い場まで持っていき、自動洗浄器に食器を入れて完了。
枕之助と一緒に自室に戻り再び眠った。
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