その3 侵略者 "ラッキー・ストリーク"


 三月の終わり、月の裏側に突如数十もの超巨大物体モーターホームが現れた。

 それらは互いに干渉しあわないよう、ある程度の距離をとりあい制止する。

 いくつかの母艦から飛び出した小さな光が、地球の各地へと降りて行く。

 彼らが来訪した事も、秘かに活動を始めた事も、地球人類の多くは知らない。


 ――ホンのわずかの例外を除いて。



 加賀見かがみ家にアグネスという家族が加わって、一月ほどが過ぎた。

 大塚知華おおつかちか西尾麻里にしおまり鈴木美恵すずきみえの三人娘は、毎日毎夜、時間があれば屋敷地下の格納庫へ繰り出し、姉とも妹ともいえる新しい家族と語らい、その絆を強く深め合っていた。

 自律型のアンドロイドのアグネスではあるが、なぜか体内に操縦席が設けられており、それを知るや三人――主に麻里であるが――は幾度となく乗り込み、深夜にしては散歩を楽しんだり、ヘアピース型の飛行ユニットを付けて大空を舞ったりとか、少しだけ外れた日常を満喫しておりましたとさ。


 楽しい日々ではあったが、知華には何度となく浮かび上がる疑問があった。

 "家族" として作られたというアグネスに、なぜ "操縦席" などがあり、航空監視網に引っかからないで空を飛べたりするのか?

 そもそも、なぜ二〇メートルもの巨体でなければならなかったのか?

 自分たちの保護者である、隆太郎りゅうたろうの技術力ならば、人間サイズであっさりと作れたはずなのに、だ。

 現にハウスキーパーロボ・ユーサクという前例があるにもかかわらずにも、である。

 今の大きさのアグネスでも、十分に仲良くできている。

 たけど人並みならば、肌と肌とで触れあい、互いを抱きしめるサイズならもっと、と考えてしまうのは、仕方ない事であろう。


 しかし、知華はそれを口には出せない。

 隆太郎はどこかズレていはいるが、本質を間違えたりしないと知っているから。

 だから、口下手で人付き合いが苦手だけど、自分たちとその周辺を大切にしようとしてくれる、愛すべき保護者を信じていようと決めていた。



「なに、これぇっ?」

 四月下旬の日曜日の朝、居間で新聞を広げていた麻里が素っ頓狂な声をあげる。

 キッチンで朝食の支度をしているユーサクを手伝っていた知華が、その声に惹かれて居間へ赴くと、

「あ、大塚さん。見てくださいよ、これ」

 いつの間にやって来たのやら、麻里の傍らにいた美恵が、知華へと新聞の広げた面を見せてくる。

 一見したところ、よくある全面広告にしか見えなかったが、掲載されていた内容をよくよく見れば、


『           宣戦布告!

   我が、 "チーム・ラッキー・ストリーク・ロバーツ" は、

   本日、正午ジャストに、惑星地球・日本国に対し、侵略を開始する。

   抵抗するも、降伏するも、諸君らの自由!            』


 などと言う文章が、ド派手でポップなカラーイラストを背景にして踊っていた。

 あっけにとられ言葉の出ない知華に、ものすごく胡散臭げな顔して麻里が問う。

「――どう思う、これ?」

「……手の込んだ、冗談?」

 白けた笑みを浮かべて答えるしかない知華である。

四月馬鹿エイプリル・フールとかならわかりますけど、完全に時節外してますし、なによりかなりお金かかっていますよ、これ」

 広げられた新聞広告から目を離さずに美恵が言う。

「番組とか映画の宣伝とかなら、もう少しそれらしい匂わせ方とかあるんだけど、それからも外れてるしねぇ」

 エンターテイメント担当を名乗る麻里がもっともらしい事を口にする。

「どうもそれ、全国展開してるみたいですよ。全国紙からスポーツ紙、地方紙と新聞と名のつくものすべてに掲載されてるらしいって、ネットに上がってます」

 キッチンから顔を出したユーサクが三人娘の会話に割って入る。

「検索のトップワードも、そのなんとか "ロバーツ" ですね。あと……」

 のっそりと居間に入ったユーサクが、空間投影ビューワーを操作しながら、

「海外の方でも同じような広告がうたれているみたいです」

「――え?」

 唐突なその言葉に顎の落ちる三人娘。

「お金持ちのジョークにしても、とんでもない金額かけてますよ。あるところにゃあるもんですねぇ」

 シニカルな笑みを浮かべつつ切り捨てるユーサク。

 我に返った麻里がさっとリモコンを手に取り、テレビをつけた。

 日曜朝だがここはぐっとこらえて報道系番組にチャンネルを合わせる。


「……問題は、どの新聞社にも該当の広告を受けた記録が残っていないと言う事です。数社だけならば結託して口裏を合わせているとも考えられますが、全社と言うのは……、さすがに信じられません」

「つまり、この広告主はいつの間にかデータを紛れ込ませて、それが印刷されてもわからないようにしたと言う事になりますね?」

「そんな摩訶不思議な事、いったいどこの誰がやれるというんですか? バカバカしい。ハリウッド辺りがよくやる巨大広告。そういうのに決まってますって」

「今の映画産業にそんな体力、ありゃしないって。いつの時代の話をしてんだあんたは?」

「はぁ? なんだねその口の利き方は? たかが俳優上りの分際がっ、偉そうに」

「ンだとぉっ」

「おっ、おふたりとも、落ち着いて!」

「前々からお前は気に入らなかったんだっ」

「それはこっちも同じだって」

「――カメラ、替えて替えて」

 

 番組を無視して罵り合いを始めたコメンテーターにスタジオが騒然としているのを、生暖かい顔をして眺める三人娘。

 軽金属と強化繊維でできたハウスキーパーは唇の端をくいっと上げて嘲る。

 何もなかったようにチャンネルを変え、当たり障りのない地方ロケ番組にして、大人の情けなさが映し出される前に拾えた情報について、額を寄せ合う三人娘プラスワン。

「どう思った?」

「映画産業にそんなお金がないってのは、正しいわね」

 知華の問いかけに麻里がもっともだって顔をして答える。

「西尾さん……。引っかかるのはどこにも記録がないって辺りでしょうか、あと実際に紙面に載ってしまうまで誰一人気が付いていなかった事?」

 ボケたのか素で言ったのかわかりかねる麻里に苦笑しつつ、美恵が重要と思えるところを的確に上げる。

「印刷データに介入して差し替えたりする事は可能でしょうが、痕跡がないっていうのは、考えられませんね」

 ユーサクがネットで検索をしながら口をはさむ。

「仮に可能だとしても、印刷されたものが流通されて販売されるまでわかっていなかったていうのは、完全に常識の範囲外の出来事ですね」

「よーするにオカルト?」

「――進み過ぎた技術は魔法みたいなものだとも言いますけど」

 西尾の突っ込みに、皮肉っぽく答えるユーサクである。

 人間よりも人間っぽい事を言ったり考えてたりする人工知能ユーサクに目をやり、なるほどと軽くうなづいてしまう知華。

「つまりこの全面広告が本物だとしたら、ラッキー何某なにがしとやらは、とんでもない科学技術を持っていると言う事になりますね……」

 美恵が難しい顔をし、押さえた口調でこぼす。

「たぶん、今頃お役所は事の真偽確かめるのに、右往左往してるんでしょうねー」

 まるで他人事のように、

「お昼までに答えが見つかるといいんですけど。ま、見つかったところでどう対処できるのやら……」

 嘲りつつ、

「さて、そろそろ朝ご飯にしましょうか?」

 なんでもない事のように、しれっと口にするユーサク。

 そんなユーサクに、何とも言えない複雑な表情を浮かべる三人娘でありました。


 朝食をとり、ニチアサタイムも終わった日曜の午前。

 麻里は居間でゴロゴロし、美恵はそれに連れ添ってテレビ鑑賞。知華はユーサクを手伝って洗濯物を干していた。

 家長である隆太郎は地下に降りたままで、上がって来てはいない。

 知華は科学者である隆太郎の考えを聞いてみたかったが、なんとなくユーサクと同じような答えを返されるのではないかとも考えていた。


「……なんだかんだ言って、テレビは平常運転してますねぇ」

 お笑いタレントが司会をする微妙なバラエティ番組を眺めながら、美恵がボソッとこぼす。

 洗濯物を干し終え、屋内へと戻ってきてそれを耳にしたユーサク、

「まぁ、そんなものですよ。実態の不明なものは騒ぎ立てるか、無視するのがこの国のマスコミですからねー」

 やれやれといった風に言葉を返す。

「変に騒ぎ立てると不安をあおっちゃうってのもあるんじゃない?」

 知華がユーサクに続く。

「ほっといたって、騒ぐやからは騒ぎますよ。一部の保守系新聞社には、事の真偽をハッキリさせろって、それ系の団体からものすごいクレームが入ってるみたいですし」

 ビューワーに指を走らせながら、

「つぶやき系じゃ、例によって総理の陰謀だとか、全部内閣が悪いとか、反対のために反対するのが大好きな連中がヒートアップしてます」

 文字通り機械的に割り切れるユーサクには、こうした人間の愚かさ加減はさぞかし滑稽なものに映るのだろう。

 言葉の端々からそれらがうかがえ、三人娘は苦笑するしかない。

「中には、このメッセージは本物じゃないかって仮説立ててるのも、ちらほらといますね。警戒は怠らない方がいいって、警告飛ばしてます」

「ユーサク的には、その辺どう?」

 ソファーに寝そべったまま麻里が問う。

「――情報が足りなさすぎますね。ま、たとえ本当だとしても、ボクのすべき事は決まっていますから、それに従うだけです」

 外国人がよくやる肩をすくめるポーズをとった後、三人へと顔を向け、なんでもない事のように言い放つユーサク。

 ハウスキーパーが主ではあるが、彼が守るべきものには、当然三人娘も含まれている。

 何か事有れば、ユーサクは彼女たちの安全を第一とし、持てる全能力を使い身体と生命を保護する事が約束されていた。

「……いつも思うけどさ、ユーサクのそれって殺し文句だよね?」

「ボクに惚れちゃあ、いけませんよ?」

 自分たちを絶対に守るという、聞こえようによっては口説き文句なそれに、知華が軽くふざけると、目いっぱいな決め顔をディスプレイに表示して間髪入れず応えるユーサク。

 たちまちリビングに少女たちの屈託のない笑い声が響いた。

 

 正午まで、あと少し。

 まだ平和は保たれていた。

   

 三人娘とユーサクが午前の団欒を過ごしているとき、加賀見隆太郎は今やアグネス管理のためのコントロールルームとなった、地下の元・研究室で、モニターに映した例の宣告文を眺めていた。

「痕跡を残さない侵入に認識阻害技術、か……」     

 それは当然だと、感慨を含まない口調でぽつりとこぼし、特に感情を映していない瞳を閉じ、深く息をついて顔をあげ、窓の外に広がる格納庫に視線をやり、 

「――間に合ったな……」

 と、小さくつぶやいた。

 視線の先には、静かに佇む黒髪の乙女。

「あとは、あの娘たちしだい、か……」

 そう言って視線を格納庫からモニターに移し、強い気持ちで見つめる。



「そろそろ一二時だね――」

 お昼前の天気予報が終わり、短い番組宣伝が流される地上波の国営放送を眺めながら、ポツリと麻里。

 本当に何か起きるのか? テレビを見つめる三人娘。

 時計を模したグラフィックの長針が頂点を指し、ポーンとお馴染みの音が響き、画面がオーバーラップでスタジオへと切り替わり、

「正午になりました。ニュースを伝えます」

 お昼の顔ともいうべき、人気アナウンサーが礼をしていつもの言葉を発する。

「最初のニュースです……」

 変わりなく放送が続くと思った瞬間だった。

 突然画面が乱れ、明るい調子の派手目な音楽が鳴り始め、幾何学的なイメージ画像が流れ出す。

 そして、で、

『開幕! ワールド・グランプリ!!』

 の文字が映し出され、ファンファーレが鳴り響いた。

 

「な……なに、これ?」

 突然の出来事に麻里があっけにとられたまま口を動かす。

 知華と美恵は声も出せず、ただ成り行きを見守り、ユーサクは厳しいまなざしでテレビ画面を見据えていた。


 テロップのようなものが流れ終わると画面が切り替わり、首都の高層ビル群を映し出すライブ映像に。

 立ち並ぶビル群の上空から、輝く物体が飛来し、いくつものビルを倒壊させながら地上へと降り立つ。


「ひぃっ」

 崩壊する高層ビル群のライブ映像と音声に、美恵が短い悲鳴を上げる。


 もうもうと立ちこもる塵灰がまるでトリックアートでも見ているかのように、一瞬で霧散し、ガレキの中に立ち誇る円筒状の物体を浮かび上がらせた。

 崩壊を免れた三〇階建てのマンションとおぼしき建物との比較から、落下物の大きさはおよそ一二〇メートルほど。

 鮮やかなグラフィックの施された表面には、日本語で大小の文字がぎっしりと書かれており、胴体中央にひときわ目立つ三重の円に、絶妙にレイアウトされた "チーム・ラッキー・ストリーク・ロバーツ" のロゴが読み取れる。

 

 麻里がリモコンでチャンネルを次々と変えてはみるが、なぜかどの局も同じ放送を流しており、

「――ラジオも似たようなものですね、変なテロップが出るときに流れてた曲が延々流れてます。完璧な電波ジャックですよ。ネットは……実況で埋まってますね。あと、ワールドグランプリとかの広告みたいなのが頻繁に上がってます」

 淡々と語るユーサクの声で、現実を理解する三人娘。

「……つまり」

「あのふざけた広告は」

「本物だった、という事ですね……」

 知華が眉をひそめて、麻里が怒りを隠さず、美恵が静かに、言う。

 三人の視線がテレビ画面へと注がれる。


 大地へと突き刺さった円筒状の物体が小刻みに震えだし、ゆっくり浮き上がった後、底面からこの巨体を支えるには細すぎると思える三本の足が現れ、左右側面から腕らしきものを突き出した。

 三脚を器用に動かしながら歩きだし、ガレキの山から抜けると一旦停止する。

 頭頂部で光が数度明滅したかと思うと、テレビの画面が切り替わり、人間、それもヒスパニッシュ系と思われる男性が映し出された。

 人懐っこそうな男は笑顔を浮かべると、

「地球、日本国の諸君っ、私は "チーム・ラッキー・ストリーク・ロバーツ" ファーストライダー、マンディ・ラモラ」

 ラテン系の陽気な口調の流ちょうな日本語で喋り出す。

「先の宣戦布告の通り、我々は今、この時よりこの国に対して侵略を開始するっ。降伏するも抗戦するも諸君らの自由だ。我らは誰の挑戦でも受ける!」

 と、まじめな顔をしてここまで言うと、一転砕けた表情になり、

「地元プライベーターの実力のほど、教えていただきたいね」

 明らかに見下した意識ありありで続けた。

 テレビを見つめる麻里のほほがピクリと震え、険のあるまなざしになる。

「三〇分のフリータイムをあげよう。下るか歯向かうかをよぉく考えてほしい。返事はオープンチャンネルで。待ってるぜっ」

 余裕たっぷりでそこまで言うと、画面が切り替わり、軽快な音楽に乗ってグラフィックの違う円筒状物体が次々と現れては、破壊活動をする画像が流され始めた。

 見ているうちに、これはダイジェスト、もしくはプロモーションの類と言う事が理解できるようになっていた。


「……ここまで提示された情報から察するところ、連中のやろうとしているのは、侵略という名の競争でしょうね。もしくは興行合戦」

 いくつかの空間投影ビューワーを立ち上げ、検索をしていたユーサクの言葉に耳を傾ける三人娘。

「海外で広告打ってるのは違うチーム名ですし、プロモートビデオに映ってる形状の違うメカが複数、どうやら他にもチームとやらがいくつもありそうな感じから、地球で行われているモータースポーツに酷似しているところが多々見られます。前世紀のデータベースに近似性の高いヒットがありますから」

 エンタメ担当もさすがにモータースポーツまではフォローしきれていないようで、?マークを浮かべながらユーサクの言葉に聞き入る。

「言語も文字も日本用にカスタマイズされているのは間違いないでしょう。あの茶筒だか円柱だかを見ればわかるとおり、かなり高度な科学技術を有していますね」

「――つまり?」

 知華の問いかけにユーサクはきっぱりと、

「連中、あの侵略者たちは地球外生命体、宇宙人って事です」

 言い切った。

 絶句する三人娘。

 よもや、二一世紀も半分過ぎてから、このようなかたちでの、異星人の来訪を受けようとは。

 しかも、物語で幾度となく語られてきた侵略者として。


「……宇宙からの侵略者、ですか」

「ベタベタ過ぎて手垢付きまくってて、何をいまさらな設定じゃんか……」

 あまりにお約束な結論に、拍子抜けしたように口にする美恵と麻里だったが、

「――だけど、笑えませんね」

 据えたまなざしで言う美恵に、麻里は同じ気持ちだと頷く。

 テレビの向こう側の出来事だから、今ひとつ実感に乏しかったが、倒壊したビル群には生活していた、働いていた、偶然近くにいたなど、多くの人が巻き込まれ、怪我をしていたり、命を失ってたりしているのである。

 両親を亡くすなど、早くから死に向き合ってきた境遇だから、命を軽んじるような侵略者の行動に、強い憤りを感じているふたりだった。

「あーゆーの、嫌いだ」

 吐き捨てるように言うと、麻里はリモコンを操作してテレビの電源を落とし、クッションを抱きかかえるようにして、ソファーに深く座り込む。

 美恵はそんな麻里の隣に腰を落とし、ただ寄り添う。


「――お茶入れてきますね」

 いくつも浮かべていた空間投影ビューワーをしまい、慈しみの視線を向けるとユーサクはそう言ってキッチンへ。

「手伝うわ」

 ユーサクを追うように腰を上げて知華。

 麻里と美恵のようにはっきりとした態度にこそ出さなかったが、知華も強い憤りを抱えていた。

 突然やって来て、一方的に宣戦布告し、圧倒的な力を見せつけ、抗戦か降伏かを迫る。

 あまりにも勝手すぎる。

 地球人類なんか相手にもならないと、言葉や態度の端々にそういうのがうかがえた。

 悔しさが立つ。

 けれど、自分はただの子供で、侵略者に太刀打ちできる力もない、ひ弱な存在である事が、恨めしかった。

 "憎しみだけで殺せたら" どこかで知ったフレーズが頭をよぎる。

 そんな風に気持ちをこもらせていたら自家中毒になりそうで、知華はユーサクを手伝って身体を動かす事で、気を紛らわそうとしていたのだ。

「ついでに、お昼ごはんにしようか?」

 キッチンに入り、茶器を出そうとしていたユーサクに、知華は思いついたように言う。

「――いいですね。お腹満たせばよくない考えも納まるでしょうし」

 知華が思い付きに隠していた本音をさらりと当てながら、なんでもないように涼しい声でユーサクは答える。

「西尾さんたちに何食べたいか聞いてくるわ」

 見透かされた思いを照れ隠しするように、知華は居間へと踵を返した。

 その背中をユーサクは優しいまなざしで見つめる。


「西尾さん、鈴木さん、お昼何食べたい? ――えっ」

 呼びかけつつ居間に戻った知華であるが、肝心のふたりがいない。

 キッチンと居間とを往復する長くはない時間で、麻里と美恵は居間から姿を消していた。

 連れだってお手洗いかな? とか思いながら居間からそちらへつながる通路へと目をやり、待とうかと視線を戻したとき、何かに突き動かされるように、もう一度通路側を見つめる。

 通路の向こう、お手洗いやお風呂場とは別の移動先がある。

 地下への連絡路が!

 今、地下にいるのはおじさんだけ……、いや、、いる!

 知華の頭の中で様々なビジョンがストロボで現れ、ある形を成す。

「――まさかっ」

 自分の直感に弾かれたように駆け出す知華。 

「大塚さん、どうしました?」

 どこか切羽詰まった知華の発した声に何事かとやって来たユーサクも、慌てて居間を飛び出していく知華を追うように後に続く。


「おじさんっ、西尾さんたち来てない?」

 コントロールルームに飛び込んだ知華の大きな声が響く。

 が、それよりも大きな音が格納庫に鳴り響いていた。

 部屋の窓越しに知華に見えたのは、ハンガーから出され、装着されていく青いセーラー服。

 外装・タイプNに換装されようとしているアグネスの姿。

 

 コンソールパネルで操作する隆太郎の傍らに、西尾麻里と鈴木美恵はいた。

 決意と闘志の色を瞳に映して。

 

 

 

 

  

 

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