第121話 一日目、夜。
━━━イタリアン
この言葉を聞いて、俺が一番に思い浮かべたのは、由利亜先輩が連れて行ってくれたあの高級レストラン。
確かあの時はイタリアンではなくフレンチだったから、その思考が由利亜先輩の発言のフレーズにがっちりと当てはまっているわけではないのだが、ある意味、嫌な予感としてのその思考は、俺の中の防衛本能のような物だった。
そして、だからこそ俺はほぼ無関係な三好さんを巻き込んだし、未だ理解に追いつけていない三好さんに、「まあまあ、おいしい店なのは間違いないから」とか適当なことを言って理解よりも前を向かせることを優先していたりするわけで━━━
「━━━ところで、どんなお店に行くんですか?」
この間みたいな場違いな店だったら正直行くのは勘弁なのだが。そんな気持ちが含まれた質問を、隣を歩く珍しく分かり易く機嫌の良い可愛い先輩にぶつける。
「すっごいおいしいところ!!」
「わあそれは楽しみです」
由利亜先輩のお気に入りの店であることは分かった。全く質問の答えにはなっていないが。
家に帰る道すがら、由利亜先輩、それに三好さんと三人で歩く。やたらこちらを見てくる同じ制服の人間の事は必要以上に無視し、今晩行く事になった店の詳細を聞いているのだが、意味ありげに笑う由利亜先輩はそれ以上の事を教えてくれない。
「この間みたいに太一くんがいやがるお店じゃないから安心して! 私だって少しは学習するんだから」
前のお店だって、別に嫌だったわけではない。
ただ、少し居心地とかいろいろな感情が負の方向に向いていただけで。
「そうなんですか? 大丈夫ですか? ドレスコードとかあっても制服しかありませんよ?」
「大丈夫、制服で行けば良いだけだから」
「……………」
やはり、ファミレスやそこらの個人経営の洋食店というわけではないらしい。ドレスコードがあって、制服でしかいけない店に、俺はほいほい行かないので普通に気後れしているのだが、多分一度行ったことがある分この人よりましだし、そこに加えて、この人よりマシだと思える対象がいることで、俺の心の波風は無用に荒れることはなくなっていると思う。
三好さんには、一回くらい死ぬほど殴られても文句は言わない。
「私……本当に行っても大丈夫……なのかな……?」
その声に、両手の指を絡めるように胸の前で握り、顔面を真っ青にした三好さんに、俺は目をむいた。
「だ! 大丈夫!! 俺なんかこの前私服で由利亜先輩にガチガチにおしゃれなマジヤバなフレンチレストランに連れて行かれたから!!! 制服で、しかも三好さんみたいに上品な女の子なら完璧に大丈夫だよ!!! だからもう少し落ち着いて!!?」
「ちょっ…!! その話はしない約束ッ!!」
横から講義の声を上げる幼女を無視し、ガクガクと震える三好さんに本気で励ましの声を掛ける。
死人みたいに真っ青なんだけど!!?
「ほんと……? だって……お金持ちの行く所なんでしょ……?」
「大丈夫!! そもそも俺そんなにお金持ちじゃないし!!」
「え、太一くんはお金持ちじゃん。お母さんは有名メイクアップアーティストで、コスメの会社の社長さんで、お兄さんからの依頼料、数千万円とかじゃん」
「今その情報いらないですから!! 折角三好さんが前を向きかけたのに!!」
しおれていく同級生女子の姿は、信じていた物に裏切られたと言わんばかりだ。
いや実際俺は別に金持ちじゃない。金持ちなのは俺の親と、兄だけだ。俺はそれに便乗しているだけで、全く以て俺自身は金持ちじゃない。なんなら服を買う金さえないくらいだ。
そんな俺の弁明など届くことはなく、三好さんは力なく吐き捨てた。
「……はは…そっか……そうだよね……」
「なにに! 何に納得したの!!?」
なんとかしなければ!!
食事に行く前に三好さんを病院に連れて行くことになる!!!!
家に着くと、三好さんが電話で親に、「今日は友達に誘われてご飯に行くことになった」と言う旨の断りを入れて、そのまま三人で迎えを待つ事となった。
時刻は五時を少しまわったところで、かなり時間がある。
依然、三好さんの顔は真っ青っ青。
対照的に、少し興奮気味なのが由利亜先輩で、正直そんなに楽しみなのかと感心するくらいだ。
「で、結局どういう所なんですか?」
「もう、それは着いてからのお楽しみに取っておきなってば。さっきから太一くんそればっかりじゃん」
「今はそれが気になって気になってしょうがないんですよ。そりゃ俺だって、合唱祭のできがどうだったのかとか、由利亜先輩のクラスは何を歌って、由利亜先輩はどのパートを歌ったのかとか、平常運転なら聞いてますよ。もちろんです。でも今は状況が違うでしょ。もうホントどっきどきのばっくばくでどんなところでさらし者にされるのかと緊張で焦りまくりなんですよ」
「ちょっとレストランに行くくらいで大げさだよ」
そんなわけあるかあああ!!! と叫ぼうとしたがやめておいた。この人にとっては本当にただレストランへ行くだけ、お気に入りのお店に行くだけなのだ。それを否定してはいけない、そう思ったから、理性でなんとか抑えた。
「ただのファミレスだったら俺たちもそれくらい割り切れるんですけどね………」
否定しない代わりに情けなさだだ漏らすって何?
「あ、でも合唱祭の事は私には聞かなくて良いからね。長谷川さんはでれてないし、あんまり大げさにしたくないから」
ここで先輩の名前が出てくるとは思っていなかったので少し驚いたが、なるほど、この人にもこの人なりに気遣いがあったのか。
「わ、分かりました。やっぱ由利亜先輩は優しいですね。その優しさで、これから行くお店の場所と名前も教えてくださいよ」
「それはそれ、これはこれ、だよ」
無理か………。いや、最初から分かっていたんだけどね、楽しげにしている由利亜先輩が自分の楽しみを一番に優先する人なのは。それでも、こんなに弱った三好さんを見たのは初めてだったから少ししつこく聞いてしまった。
「ドレスコードっていっても、別にたいしたことないんだよ? あんまり酷い人はお断り、位の緩いところだから。制服で行く理由は、宣伝、かな」
「宣伝ですか?」
「そうそう。桜の校章の入ったこの辺の高校はうちしかなないでしょ。いろんなところで着て、少しでも知名度を上げてくれって、校長先生が」
校長。
………思い出せない。
「公立高校で知名度って………。しかもうちって、知名度だけなら全国区じゃないですか。何を宣伝するんですか?」
そこで少し考えるそぶりを見せた由利亜先輩だが、別段答えに窮した訳ではなかった。
簡単明瞭。
この人に宣伝を頼む、その目的は、
「客寄せパンダ?」
「しかないですかね」
聞いておいて、俺も同時に結論にたどり着いていた。
学校、ではなく、鷲崎由利亜の宣伝。
生徒を広告塔にして、生徒を呼ぶ。変なのが増えなければ良いのだが。
来年入ってきた新入生に恨まれたりはしたくない。
「まあ私は別に気にしてないから。それに今回は私にも目的があるからね」
「目的ですか?」
「それも内緒」
今日一日で一体何個秘密を作る気なのだろうか。いや、言いたくないなら俺は良いのだが、学校の制服を着て、レストランに行く、そんな事になんの目的が産まれるのだろう?
少し考えてみようと思った時、玄関を叩く音がして俺の思考を止める。
「迎えに来たよ」
「お父さんだ」
由利亜先輩が椅子から立ち、玄関を開けるとさっきあった人が立っていた。
五十代半ばという風体の男性は、眉間の皺が深く刻まれ、髪の毛は総白髪。目の黒さが際立つ程に全体的に白を強調した服装で、異様にその立ち姿が似合っていた。
正造氏は由利亜先輩を見ると口角を上げ笑ったように見えた。眉間の皺が消えることはないが、表情は変わる方らしい。
「六時半に予約を取ったんだ。少し早いけど大丈夫だろう」
そんなことを言うから随分早いなと思ったが、時計を見れば既に五時半を過ぎ、四十五分をまわった状態だった。
「全然、早すぎるくらいでも問題ないよ」
「お店に迷惑はかけられないよ」
「お父さんは変なところで考えすぎ」
さっきも見たが、他の家の親子の会話というのはなかなか新鮮だ。
由利亜先輩が子どもに見える(変な意味でなく)。
この人の事を「子ども」と勘違いしたのは初対面の時だけ。俺はそれ以降、この人を見て子どものように見えたことはなかったのだが、案外、親と子の関係性というのはそういう個人の成長のような物を破壊する一助になるのかもしれない。それが良いことなのか悪いことなのかは分からないが。
「じゃあ、まあ、行こうか。金曜は道が混むからね」
「さ、出発だよ!」
鷲崎親子。
とても、現在進行形で別居生活を送っているとは思えない、素晴らしいコンビネーションだ。
~後書き~
ここまでは計画通り。
一人おまけがついてきちゃったけど、それもまあ別に問題なし。
ふっふっふ……
太一くんとお父さんが仲良くなって、お店にいる知り合いたちも私たちの仲の良さを見れば、太一くん狙いの変なのが増えるのを抑えられる。
完璧な計画……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます