第122話 火花バチバチ?
つい一時間半前に見た外車ではなく、日本車のファミリーカーに乗り込んで二十分。
到着したその場所は、以前由利亜先輩に連れて行かれたような豪奢なところではなかった。
かといって、やはり大衆食堂ではなかったのだが、それなりの収入のある人なら、少し背伸びをすれば来られるような、それくらいの高級感の店。
メニュー表があって、そこに金額が書かれていて、それを使って注文すると言う行程があることが、俺に少しの安心感を与えた。
三好さんはと言えば、来てしまえば意外と楽しそうにしていた。むしろ興奮気味だった。
メニューを見て、「た……高いよ……山野君……私こんなにお金持ってないよ……」とか、「これ名前見ても分からないんだけど……ていうかメニューが読めないんだけど……」とか、結構言葉数も多くて、俺と先輩の時みたいにガクガクぶるぶる震えたままのディナーと言うことにはならなさそうだ。
「お金の事は気にしないで好きな物を食べてくれ」
とは正造氏の言で、三好さんは少し安心したような表情の後、俺の方を見る。
「ああ言ってくれてるんだし、今日は甘えさせて貰おうよ。どうせ食べた分を払えるほどのお金は持ち合わせてないんだし」
暗に、俺もお金はないと言うが、三好さんの中の遠慮心は消えない。俺と先輩なんて価格見て即効で「ごちそうさまです」って言ったのに、結構強情なようだった。
「そ、そうだけど……」
「いつも太一くんがお世話になってるんだから、今日は私に、っていうか、私のお父さんに甘えてくれると嬉しいな」
逡巡する三好さんに、最後の一押しとして由利亜先輩が放ったその言葉に、
「い、いえ、私が山野君、いえ、たいちくんと一緒にいるのは私がしたいからなので、そこにユリア先輩が何かを感じるのは変だと思います」
まさかの反論。
俺はもちろん由利亜先輩も少し驚いた顔になる。
「あ、いや、あの……だから、えと……」
その表情の変化に、自らの言葉を反復して気付いたのだろう、ワタワタと言葉を紡ごうとして失敗する。
なんだろう、呼び方が変わった気がしたが?
俺の理解の及ばないところで、この二人の何かが進行しているのは確かだろう。だがそこに俺が関わることは出来ないような気が。
「そ、そうだね。里奈ちゃんの時間は里奈ちゃんの物だよね。ごめん、私が間違ってた」
少し動揺しているのが分かる。だがそんな状態でもキッチリとした返事をするあたりが流石と言ったところか。
謝られた三好さんは、それはもう目があっちへこっちへ行ったり来たりで動揺どころではない。自分の発言が意味も分からず発されたかのような慌てっぷりだ。
「私こそ、生意気なことを言いました!! ごめんなさい!!」
いざこざは無いらしい。それはいいことだ。
「そろそろ決まりましたか?」
仲直り? した二人に問うと。
「もうちょっと待って」「まだまって!」
メニューを踊る文字列は、イタリア語だ。
感覚の麻痺というのは怖ろしい物で、出てきた料理の豪奢さには驚いた物の、食べてみるといつも食べている由利亜先輩の料理の方が俺好みで、何故か心からのおいしいが言えなかった。
その反応に、由利亜先輩は俺の心を読んでいるかのように、「まあ私の料理は完璧に太一くん専用だからね、太一くんにはもう、私の料理以外おいしいと感じられないかもしれないね」と自慢げに言われた。
そんなことになったら真面目に大損失なのだが、実際目の前に出された高級料理はおいしいにはおいしいのだが何かが足りない、そんな感じだった。
庶民代表の二人目。俺のようにしたが肥えていない三好さんはと言えば。
「お…おいしい……」
「これも……こっちも……」
「全部おいしい……」
泣きながら行儀よく食事する姿は、違和感の塊だった。
一通りの食事を終え、デザートを待つ少しの間隙に正造氏から声がかかった。
「ところで太一君。由利亜は君の家ではどんな感じかな?」
それはもちろん一人娘を慮る、優しい父の質問。などではないだろう。この人の目は完全に父などと言う物を逸脱していた。先ほどまでは穏やかに食事を楽しむ父親らしかったが、どうやら何か俺に聞きたいことがあるらしい。そこまで考えて、俺は普段通りに口を開いた。
「なんて言うんですかね、うまい例えが見つからないんですが、すっごい有能な女中さんって感じですかね」
正造氏はクスリと笑うと「女中か」と呟く。
「今時その例えでメイドと言わないのは君の中のこだわりかな?」
「こだわり? いや、そんなにたいそうな物じゃなくて、由利亜先輩はメイド服より和服のが似合いそうだから」
「ほう。なるほど」
何がなるほどなのか。その場しのぎの俺の台詞で付加買う考えられるとこっちがむずがゆい。
「もう一人、由利亜の同学年の女の子が一緒に住んでいると聞いているんだが、その子はどんな感じの子なんだい?」
その目は相変わらず俺一人を捉えていて、俺は一体何を見られているのだろうと不安になる。
顔にも、声にも、態度にも出さないように、普段通りに答える。
「先輩は、見てくれが美人の普通の女子高生ですかね」
「由利亜は女中でその子は女子高生?」
「まあそう聞かれると凄い失礼なこと言ってるのは自覚できますが、聞かれてパッと浮かんだこと言ってるだけなので責めないで貰えると……」
「ああいや、責めてはいないよ。むしろ居候の身で女王様とか言われていたらどうしようかと思っていたぐらいだ。さっきも言ったが、役に立っているなら良いことだ」
「そのおかげで、俺はここの料理を物足りなく感じてしまうほどですよ」
横目で見ると、由利亜先輩が得意げに大きすぎる胸を張っていた。
同じく横目でその光景を見ていたのだろう、正造氏の目が少し緩んだ。
「それで、そっちの、三好里奈さん。その子が太一君の彼女と言うことで良いのか━━━」
「━━よくない!!!」
正造氏の質問に食い気味に答えたのは、もちろん俺ではなく、由利亜先輩だ。
さっきまで聞くだけに徹していたのに、突然大きな声を出すから周りの客にも驚かれている。
「ご、ごめんなさい。でも、里奈ちゃんと太一くんはそういう関係じゃないから。だよね?」
ハッと気付い由利亜先輩は、縮こまりながらも言い切ると、俺に質問をぶつけてきた。
この質問の回答は簡単で、「その通りです」と言ってしまえば良い。
だから俺はそのように言葉を発そうと息を吸い込むと━━━
「今はまだそういう関係ではないです」
「ゴホッエホッ…ッ…!!!」
おもっくそむせた。
「ふっ」
そして正造氏が鼻で笑った。
「そうかそうか。由利亜、手強い敵は多そうだな」
「敵とか言わないで。この鈍感な男の子を籠絡する同士なんだから」
由利亜先輩は三好さんの事をそんな風に見ていたのか。言われた三好さんは瞠目している。
「鈍感て、それ俺のことですか? そんなこと無いと思いますけど?」
それにしても、正直、こんな風にはっきりと面と向かってそういうことを言われると、茶化すくらいしか出来ない。出来ないからこそ俺はそれをするのだが、そんな俺のボケを、ボケと分かっているだろうに、いや、分かっているからこそだろうか、由利亜先輩は可愛い手を握り拳にし、怒りを露わにした。
「鈍感が嫌なら言い換えてあげる……この━━━」
「
人でなし!!!!
」
これは、鈍感より幾分か酷いことを言われた気がする。
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