第119話 更なる情報開示。加えられた伏線。



『聞いたか?』


「まあ、さっき杉田先生から大体のことは」


『そっか……』


「………」


『一つ、聞きづらいことを聞いても良いか?』


「あの二人がこうなるかもしれなかったことを、俺が先輩を助けようとする前から知っていたかどうかって質問だったら、答えはYesだ」


『……そう、か』


「兄さんだって、仕事を引き受けた時点で気付いてたんだろう。あの二人はもう絶対に助からないって事くらい」


『俺にそんな超能力はないよ』


「非科学的存在の力による未来予知。そういうことが出来たんじゃないの、この間までは」


『ふっ……、なんでもお見通しって事か……』


「やめろ、人を人でなしみたいに言うな。俺はただ聞いただけだ」


『ああ、弓削の水神か。それなら確かに、お前が頭を使う必要も無かったか。……たしかに、俺はそういう物を利用して人以上の力を振るっていたけれど、未来予知とか、そういうのは無かったよ。出来ても、他人の少し上を行く程度だった』


「他人の少し上?」


『神様みたいな存在から、妙に恩恵を受けていたけど、俺にはそれを制御できるほどの能力が無かったんだよ。肉体的にも、知能的にも。だから、お前に頼ってばかりだった』


「ふーん。まあ、べつにそのことは良いんだけどさ。他人に力を借りていようがいまいがどうでも良いんだけど、それ、もう無いんでしょ? 憑依された弓削さんが言ってたよ、もう兄さんは長くないって」


『そんなことまで分かるのか、流石だな水神は』


「で、実際の所後どれくらいって言われてる?」


 それなりに深刻な質問のつもりだったが、この男はあっさりと躊躇うことなく言い切った。


『長くて━━━一ヶ月』


「そか。じゃあ、家帰って父さんの手伝いでもしてろ」


『母さんにバレたら殺されるかな?』


「まあ、死期が早まるのは確かだと思う」


 二人ひとしきり笑うと、改まった声が聞こえた。


『なあ、太一……、仕事、頼めるか……?』


 俺はその言葉に、いつも通りに対応する。


「はぁ……仕方ねえから、手伝ってやるよ……。その代わり、これがマジで最後だからな」


『ああ……、分かってる……』


「で、内容は?」


 長い沈黙の後、電話口から聞こえた言葉には、まあ何というか、少し誇らしさすら感じた。


『斉藤唯さんと、結婚したい。手伝ってくれ』


 だが、まあ、それは表向きのお願いで、裏を返してよくお願いを吟味してみると、俺がなにをしなければいけないのかが見えてきて。


「そのために、今抱えてる仕事全部俺に丸投げする気か?」


『……………………………ま、頼んだ』


 ブツッと通話が切れた音がして、「まじかぁ」と声が漏れた。


 心配そうにこちらを見ていた由利亜先輩が、小さく首を傾ける。


「ちょっと、忙しくなりそうです」


 大きな大きな苦笑いが、俺の顔には張り付いていた。










 よく考えてみると、俺は斉藤唯という人物を全く知らない。


 最近つい半年ほど前に、兄の秘書をしている人物という認識を持って以来、それ以外のことを何一つ聞いていない。


 名前と役職以外の、何一つ。


 俺に俺の人生があるように、兄には兄の人生があったはずだ。俺の物よりもずっと波瀾万丈で、壮大無比で、戦場のような日々を送っていただろうあの兄に、隠し事や秘密や、知られてはならない極秘情報がいくつかあったところなんら驚きはない。


 驚きはないが、驚かないからと言って知らないままというのは何というか、背中が痒い感じがする。


 あの女を手玉に取ることに関しても一級品だった兄が、手元に置いて、しかも結婚までしたいという。


 まあ、死ぬ間際に結婚とか、お前配偶者の今後のことも考えろよと思わなくもないが、そこはそこ、一応身内だし、死線さ迷う病人だし、俺も身内に甘いと言われたいし。


 斉藤さんの意思次第であることは確かだが、それでも、あの男が結婚したいとまで思った女性のことを、俺はなにも知らないんだと、ついさっき思った。


 まあ、俺と斉藤さんが会う時って、基本あの兄も一緒にいたから、喋る場面があんまりなかったしなあ。


 そもそも、俺が女性に対してそんなプライベートな質問が出来るのかという部分においては目をつぶっておくとしても、よく考えるまでもなく、謎の多い人物であることは間違いない。


 電話も切られてしまったし、兄に直接確かめる為には病院に行くしかなくなってしまったわけだが、斉藤さんはつい最近目を覚ましたと聞いたし、これは、なにも知らないまま終わるパターンか?


 まあ、それならそれで何の問題も無いけど。


 トントンと肩を叩かれふと顔を上げる。


「山野君、大丈夫?」


「……?」


 えっと、ここはどこだったかな?


「………あっ…」


「あの、大丈夫?」


 椅子に座っている俺を、上から見るように問いかけてくるのはクラスメイトのなんとかさんだ。確か、豆餅さん、だったかな?


「う、うん、大丈夫大丈夫。ぼーっとするのが得意なんだよ」


 そう言いつつ、自分の今の状況を把握していく。


 文化祭一日目、合唱祭の時間中に校内の清掃と駐車場の整備、校内入り口での受け付け用長机の設置と、あまたの雑用をこなした一~三年の特進クラスの面々は、合唱祭が終わる頃に仕事を終え、各自疲れ切っていた。


 明日からの一般公開、ほんと模擬店とかにしなくてよかったって思うくらい疲れた。


まあ、学校内の準備を全て特進クラス百二十人で終わらせたような物だから、疲れるのは当然なのだが。


「これ、生徒会が配ってたよ」


 言って豆餅さんが差し出さしてきたパックのお茶を受け取る。


「あ、ありがとう」


「いえいえ。今年は私も生徒会選挙でるから、そのための活動です」


 によによ笑う豆餅さん。


 少しそばかすがかった頬が愛らしさを生んでいるが、その嫌らしい笑い方で俺の中で少しポイントが上がった。


「なるほど、じゃあ俺の清き一票はあなたに進呈しましょう」


「ありがとうございます~ 私が会長になったら、山野君は副会長に指名してあげるね」


「わあ嬉しくないからそれだけはほんとうにやめてくださーい」


 へらへら笑い合うと、「じゃあ私これ配らなきゃだから、大豆島まめじままちをよろしくね~」といって去って行った。豆餅さんじゃなかったらしい。危なかった。


 ストローをさして少しお茶をすすると、時計を見る。


 さっき見てから十分と経っていなかった。


 これで、次はなにやるんだっけか……。


「山野君お疲れ様」


 再び頭上から声が降って来た。


 今度は聞き覚えのある声だった。


「三好さんも、お疲れ様」


 そう見上げると、隣には村田君が立っていた。


 本当にメンタルの強い人だ。俺だったら多分今日学校来てない。なんなら文化祭全日風邪で寝込む。


「村田君もホントお疲れ」


 だからつい、「ホント」とかつけちゃう。


「あ、うん、お疲れ。といっても、山野君ほど働いてないけどね」


「………それは、まあ仕方ない」


 俺には俺で、自分の体を動かさねばならない理由があったのだ。


「先生から誰々に頼んでおけって言われたやつ、名前と顔が分からないからって全部自分でやるからだよ」


「そんなことないし! みんな忙しそうだったから言えなかっただけだし!」


「山野君てそんなに嘘下手だったっけ?」


 三好さんに図星を突かれ、痛恨の嘘も見抜かれた。


「私に聞けば教えてあげたのに」


「俺に言ってくる教師が悪いと思うけど」


「教師だって、山野君がクラスメイトの顔と名前を五人分も覚えてないと思ってないんだよ。私と綾音と村田君しかわからないでしょ」


「そんなことないよ、さっき豆餅、じゃなくて、マメジマさんにお茶貰っちゃったもん」


 別に燃やす必要のない対抗意識を燃やし、漢字表記の分からない名字を片言で唱える。


「まちちゃんか、そういえば段ボール抱えて歩き回ってたな」


「村田君は女子を下の名前で呼ぶフレンズなんだね」


 俺が言うと、村田君は怪訝そうに、


「……フレンズ?」


 と復唱した。


「生徒会長になりたいって言ってた」


「へえ、知らなかった。会長推薦狙いかな? 里奈ちゃん知ってた?」


「ううん、全然。今初めて知った。でも会長推薦狙いだと、山野君副会長にしないとじゃない?」


 豆餅さんもそんなこと言ってたけど……。


「そういえば、そうだね……。あ、だから山野君にだけ言ったのか」


「え、なに、なんの話?」


 完全に置いてけぼりだった。


 会長推薦てなに? それがなんで俺が副会長にならなきゃいけない理由になるの?


「山野君、本当にこの学校の事なにも知らないよね」


 めっちゃ呆れた目で三好さんにそう言われた。


 あはは、ごもっともです。としか言えない。


 だが、そんな無知な俺に、村田君が説明してくれた。


「会長推薦ていうのは、その言葉通り、この学校の生徒会長になった人に与えられる推薦枠のこと。桜の森高校は日本有数の公立進学校だからね。そこの生徒会長ともなれば、企業から大学から引く手あまたなんだよ。で、多すぎて学校側も困ったから、自分から行きたいところにいけるように整備したんだって。それからこの学校の生徒会長はどの大学、どの企業でも行きたいところにいけるようになった」


「生徒会長になるとそんな特権が貰えるって事?」


「そういうこと。でも、もちろんだけど無条件じゃない」


「そりゃ、なっただけで良いんだったら立候補者が増えすぎるしなぁ」


「いや、立候補は自由だよ。推薦状に十人の名前があれば、立候補できる。でも、会長になってから条件が科せられるようになってる」


「奉仕活動とか?」


 首を縦に振る村田君。


「そういうのもある。けど、もっと大変なのがある」


「ちょっと待って、考えてみるから」


 俺は首を傾げ、生徒会に科せられる、大変な条件というのを考えてみた。


 奉仕活動も義務だろう。校内の見回り? いや、大変って程でもないか、なんせ見返りがどこにでも就職、進学出来るチケットだ。じゃあ、学生の中で一番重要なものは何だ? 勉強、かな? 例えば、授業中必ず一回挙手して答えなければいけないとか。いや、でもこれ結構迷惑だったりするしな………。


「ごめん、分からん」


 素直にそう言うと、村田君も神妙な面持ちで答えてくれた。


「一番の条件、それはね、『生徒会役員全員が、一年間の定期試験で全科目一度は満点を取ること』なんだよ」


「あ、それで」


 それで俺が副会長、いや、役職はこの際どうでも良い。


 満点を取ったことがあるという実績が、生徒会役員決めの決め手になりかねないと言うことか。


「まあ、満点を取ったことある人集めても、学年が上がれば問題も難しくなって、満点なんて取れなくなるって言う人がほとんどで、ここ十数年、会長推薦枠は使われてないって話だよ」


 生徒会役員は、


【会長】【副会長】【会計】【書記】【庶務】【議会長】【委員連盟会長】【部活連盟会長】という八つの役職があり、会長以外は会長の指名で決めるのが伝統らしい。


 委員連盟会長と部活連盟会長、略して委員連と部活連の二つは、少し趣が違うらしいが、まあ会長が選出するという体裁は変わらないらしい。


「八個って、なんか多くない?」


 俺が自然な疑問を口にする。


「普通は会長、副会長、会計、書記、庶務の五つだよね」


 そう言って三好さんがうんうんと頷いてくれる。「でもね、会長推薦枠が出来たときは役職は五つだったんだって。会長推薦枠を獲得した生徒会役員には、そういう内心が付くって言うのがその頃の噂でね、五役がなにがなんでも会長を枠に入れるって頑張って、近辺の三四年はそれはもう綺麗に推薦枠が埋まったんだって。で、簡単すぎるのかもしれないって考えた教員側が、独立してた委員長会と部長会って呼ばれてた物を役職にしちゃったんだって」


「議会長は、今の会長が作った役職だよ」


 三好さんの説明に、村田君が補足する。


「なるほどねぇ~ 進学校は大変だ」


 まあ、これだけしっかりと説明して貰っても俺からでる感想なんてこんなもんだ。


「あと、役員以外が学年一位だとその時点で推薦枠が消えるっていうのも聞いたことがあるよ」


「だから、山野君は推薦狙いの子からしたら相当な邪魔者って事だね」


「村田君、邪魔者は酷い。普通に」


「でも、逆に俺が会長で選ぶ側だとしたら、山野君は確実だろうね」


「いや、そんな断言はいらない」


 話に一区切り付いた丁度良いタイミングで村田君が教師に呼ばれた。


 今日の最後のお仕事だ。張り切って行こう。


 腰を上げると、空のパックをゴミ箱に放り込んだ。


「てか、生徒会選挙はいつなんだ?」





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