第115話 事実進学校の学校祭までの一日。
「俺と、付き合ってください!!」
筋肉痛を覚悟して、弓削さんと話を弾ませながら教室に戻ると、三好さんが絶賛告白されていた。
笑っていた表情をそのままに、俺と弓削さんは、「あ、あはは、邪魔してごめんね~」なんてほとんど同じ事を言いながら、教室に背を向けよーいドン。
廊下は走っちゃ駄目。そんなこと頭から消えとび、準備で賑わっていた上階から離れた。
俺のクラスの人間はほぼ全員帰ったが、ほかのクラスはまだまだ準備の真っ最中のようで、ちゃんとかなりの人数がせっせと働いているように見えた。
部室階と呼ばれる、最下階。そこまで二人で降りてきてしまった。驚きすぎて。
まさか教室であんなイベントが起きているとは露知らず、俺は弓削さんと、弓削さんの妹であるところのユウちゃんはいったいどれくらいの種類のお菓子が作れるのかとか、たまに食べに行ってもいいかとか、そんなことを聞いていた。
それに対して、「ユウもミナも喜ぶよ」と歓迎を示してくれた弓削さんも、目を丸くしてハアハア息を荒くしていた。
「び、びっくりした……」
「だね、まさか文化祭前日に告白するやつがいるとは。俺、そういうイベントはてっきり本番の一番の盛り上がりのときとかにするんだとばかり」
「え、あ、いや、それもそうなんだけど、村田君が里奈ちゃんのこと好きだったの、知らなくて」
「あ、そっち?」
それは結構すぐに分かる感じだったけどな。
「山野君、知ってたの?」
「まあ、なんとなくは?」
「男子同士でもそういう話するんだね?」
「いや、俺はその、村田君? とは、あんまり話したことないけど?」
「…?」
「…?」
二人とも依然動揺しているのだろう、話が微妙に噛み合わない。
「それにしても、びっくりしたからってこんなところまでくる必要はなかったかなぁ」
右左と首を振り、日ごろ自分が放課後に訪れている場所を確認する。
このまま廊下の端まで進めば、部室が控えている。使われていない部室が多いこの階には、あまり人が来ない。
だからか、今もかなり閑散としている。
「さっきまでにぎやかだったのに、ここは静かだね」
「落ち着くにはちょうど良い感じだね」
「どうしよっか、教室戻る?」
弓削さんにそう聞かれたとき、ガタッと扉に何かがぶつかった音がした。
びくりと肩を跳ねさせる弓削さんに、確認のために尋ねる。
「何の音だか分かる?」
ふるふると横に振られた首は、再度の音に反応して固まる。
「──────」
人の声がここまで届いた。
どうやら俺たちの部室のあるほうに人がいるようだ。
だが、この階段からそちらには、俺たちの使っている部室以外には何もないはずなのだが。
「俺は言ってみるけど、弓削さんはどうする?」
気づかれないように、小声で尋ねる。
「ひ…一人になりたくない…」
俺と話すときの少し無理のある高飛車感が消え、素で怯える本職巫女の少女。
妖怪変化や魑魅魍魎は怖くないのに、人間が怖いってどうなんだろう。
「じゃあまあ、行きますか」
俺は、弓削さんの震える手を取り、足音が出ないように歩を進めた。
部室には鍵がかかっているはずだ。だから部室に入れるのは、鍵を持っている人間だけ。
すなわち、職員室の人間、用務員。
さて、誰が出るかな。
俺たちの部室から数得て二つ手前。そこから人の声がしていた。予想通り、使われていない部室。弓削さんと顔を突き合わせて戸越に耳を澄ませて中の様子を窺う。
真っ赤な顔した弓削さんが何かを訴えてくる。「手、もう、大丈夫だから」
「あ、ごめん」
慌てて放し、改めて聞き耳を立てる。
「───があれば……ふひひ、後はあいつを連れてくればいいだけだ…。もう少し、あと少しで私の悲願が叶う…ふひ…ふひひ……」
ぶつぶつと呟かれる内容は、取り止めを得ず、何をしているのか全くうかがい知ることはできない。
が、あんまりかかわりたくないことだけは確かだった。
「───教室、戻ろっか」
「う、うん…」
忍び足で、その場を後にした俺たちは、結局あれはなんだったんだろうと思う事すらためらって、無言のまま教室にたどり着いた。
「あ、おかえり…!」
気まずさを払うためか、三好さんが戻ってきた俺たちにそんな風に無理矢理元気いっぱいな感じで出迎えの挨拶をしてきた。
チラッと俺のほうを一瞥し、弓削さんはそれに「ただいま…」と片手を挙げる感じに応じ、俺はその気まずさの元凶である村田君のほうを見てから「ただい、ま?」と、あえて疑問系で返すことでお茶を濁す。
「どこ行ってたの?」
会話をつくり、静寂を生まない作戦なのだろう。三好さんからの質問には弓削さんが答えた。
「どこまでってほどでもないけど…、その…ちょっと部室階まで走ってきた」
うん、嘘偽りなくその通りだ。
「何でまた?」
「え…!? と…、ビックリしたから…?」
「あ、ああ……、あははぁ~…」
わざわざ深彫りして墓穴を掘った三好さんは、そこで苦笑いを浮かべる。
その雰囲気に何かを察した弓削さんが、俺に話をふってきた。
「そ、そういえば、そこで変な声を聞いたんだよ、ね!」
「あ、ああ、うん、なんか居たね、変な人」
「変な人?」
俺たち三人はそんな感じで会話を続けるが、村田君がその会話に混ざることはなかった。
「発掘部の部室のほうから変な声が聞こえてさ、見に行ってみたんだよ。そしたらなんていうか、魔女みたいな声が聞こえてきたから、逃げた…」
逃げるために行ったりきたりしている。
「発掘部の部室に誰かいたって事?」
「いや、階段側に二つ手前の部屋だったかな? ぶつぶつ言いながらふひふひ笑ってた」
俺が説明をするたびに、「ごめんなさい、ごめんなさい……」と小声で呟く弓削さんの声が聞こえていたが、深く追求するとこれも墓穴な気がする。
「魔女、ふひふひ…… なんか、知ってるきがするなぁ…」
「ま、まあ、たぶん学校祭の準備とかで貸し出されてるんでしょ! この話はこれで終わろう!」
あんまり深くは関わりたくない。名前なんて知った日には、明日あたり本人が登場しそうでいや過ぎる。
「ともかく、教室の準備は終わったわけだけど、ほかに何かやることってある?」
まじめな話題に転換し、気分を変える。
「んー…。一通り終わったからなぁ… あ、じゃああれやろう」
「あれ?とは?」
ふふふ、としたり顔で笑い、三好さんは言う。
「来週のテストに向けて、テスト勉強!!」
夢に向かって一直線な女の子は、気まずさとか忘れてフルスロットルだ。
「じゃ、じゃあ私は、帰る、ね?」
当たり前に逃げようとする弓削さんの肩をつかむ。
俺は無言のまま笑顔で首を横に振ると、絶対面倒くさいことになるそう訴えかけてくる弓削さんの目は涙目だった。
村田君は、さっきの所業を忘れているのだろうか。これからの勉強会に参加する気満々なのは、どういう神経だ?
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