第114話 文化祭準備の地味さ加減。
学校に行くと、学校祭の準備はオールグリーン。
信じられない速度で、というほどでもないが、どうやらこのクラスの文化祭はつつがなく行えるようだった。
そして現状、「やっぱり山野要らないは」というのがクラスの全体意識らしい。
まあ、別にそれはそれで良い。
もとより友達のいないクラスだ。
いや、強がりとかじゃないよ? 友達は本当にいないし、仲良くしたいとかマジで思ってないし。
というわけで、半日授業の間、ある意味で考えていた以上にアイアンメイデンとなった。うん、仕方ない。必要経費必要経費。
一日八コマの授業編成のうち、四つが終わる、つまり半日の終わり。
残り十五分の授業時間を有効に使い、俺は鬱々とそんなことを考えていた。
隣の席のことはつい最近まで気にすることもなかったが、交流ができたことで弓削さんが座っているということを確認する程度には意識していた。
その弓削さんは、特進クラスの鑑とも言える速度でノートを取り、教師の話す雑学まで端のほうに記録している。
しかもめっちゃ字が綺麗。
これが本当に勉強しているということなのだろう。俺の勉強など、やはりゴミ屑以下だと、こういうところで思い知らされる。斯く言う俺のノートにはシャーペンでかつかつやってできた黒い点が一つあるだけ。
こんなんで本当に大学にいけるのだろうか? 普通に心配になってきた。せめて教科書にマークでもつけておこう。
弓削さんの開いている教科書のページ数を見て、自分の教科書を手に取る。
「……?」
ふと、違和感が俺を支配した。
木曜日四限目。
開かれるべき教科書は世界史。
「……」
もう一度、弓削さんの開く教科書を見る。
何度見ても、やはり弓削さんの開いている教科書は変わらない。
日本史だった。
「……」
実は今、日本史の授業中なのだろうか?
黒板を見るが、地中海周辺の交易について、教師が熱心に話している。どう見ても世界史、もしくは地理。
……ボケているのだろうか?
板書を写す弓削さんの表情は真剣そのもので、ボケているようには窺えない。
時折示される教科書の内容にも、そちらに目を向け「なるほど……」と呟いている。何がわかるんだろう。
「………」
言ったほうが、いいのだろうか?
いや、でももう授業終わるしな……。
……よし。
……………黙っとこ。
弓削さんが意外以上におっちょこちょいということがわかった。まさかの収穫だった。
昨日の頑張りのお陰で、大方の準備は終わっていると言われた。もちろん三好さんに。クラスで弓削さんに話しかけられることはあまりない。クラスメイトに話しかけられることはもっとない。何なら教師にも話しかけられない。いじめられているのかもしれない。
軽はずみにこういうことを言っていいのは、きっと本当にいじめられているやつだけだ。自重しよう。
そんなわけで、昨日もきっちり準備をサボった俺に待っていたのは、クラス展示用に教室を設える仕事だった。授業が終わり、何人かの男女が俺の席まで来ると、「サボりまくったんだからこれくらいやれよ(クスクス)」といった感じでプリントと愚痴と供に置いていった。
当然といえば当然の流れなのだが、普通に肉体労働なので、一人でできる範囲を軽く超えてくれていた。教室から机と椅子を運び出し、展示用のパネルを運び入れ、模造紙と模型を展示する。
内容だけ見ても、結構な労働内容だった。
「それを一人でやれとは、俺は良いクラスメイトをもったもんだなあ」
机を二つ持ち、机置き場に指定されている視聴覚室を目指して歩く道すがら、後残りは何個だろうと鬱屈した気分と供にそんな言葉を吐き出した。
「仕方ないよ、山野君全然手伝わなかったんだから」
机と椅子をワンセットで持ち、俺の隣でそんな風に痛いところを突いてくるのは、当たり前だが制服姿の弓削さんだ。
彼女も数回手伝いをサボっているのだが、クラスに俺がいるお陰で何も言われずにすんだらしい。いや、俺がいなくても家の仕事で仕方なく帰ってるだけだから、そもそも文句を言える人間はいないんだけど…。
俺一人に割り当てられた仕事を、今現在俺を除いて三人が手伝ってくれている。
一人は弓削さん。残る二人は言うまでもないが、三好さんと村なんとか君だ。
さすがにそろそろ彼の名前も覚えないと失礼な気がしてならない。
「俺にも一応、それなりの事情があったんだけどねぇ」
「私みたいに言える事ならいいんだけどね、山野君のやったことって、口外出来る事じゃないから」
さっきクラスメイトから責め立てられていた俺を擁護できなかったことを気にしているようで、申し訳なさそうな感じで言う弓削さん。
別に気にするようなことじゃないのに。むしろあんまりに気にされると、逆に俺が悪いことをした気になる。
まあ、言ったところで変わるものでもないんだろうから、わざわざ言わないけどさ。
「それにしたって、もう少し人を労わるって事を覚えた方が良いと思うんだよな」
「学年順位一位。しかも先生たちを絶望の淵に追いやるほどの学業成績を上げたら、私達のクラスじゃ疎まれるのは仕方ないんじゃないかな?」
「……いや、俺そんな酷い事してないからね? 普通にテスト問題解いただけだからね?」
そんな風に話していれば、部室ほど距離のない視聴覚室にはすぐに到着する。
開け放たれた扉を通り、室内を満たす机と椅子の数に少し驚きながら、「この学校こんなに椅子と机あるんだ」とか変なことを口走っていた。
「山野君、こっちだよ」
クラスごとに割り当てられたスペースに運んできたものを置き、教室へ戻る。その時、途中にある教室から展示用パネルを持っていくのも忘れてはならない。
手ぶらでいられるのはごくわずかな時間。
視聴覚室から出て少しのところにある教室から、自分の身長と大して変わらないベニヤの壁みたいなパネルを持つと、弓削さんはその壁の足になる金具をもって教室を出る。
前が見えない。
「私見てるから大丈夫だよ」
心を読まれたのかと思ったが、これは弓削さんの特技みたいなものだと思い出し、一言お願いしておいた。
「よろしく」
教室に着けば、そのパネルを組み立てて教室中央付近に立て、机を持ってまた視聴覚室へ。
地味な作業だが、多分作業の中で一番疲れるやつだということだけは確実だ。
そんな感じで、一時間半くらいで展示は終わった。
明日から始まる学校祭は、筋肉痛で幕を開けることになるだろう。
~後書き~
「前から、ずっと好きでした。お…俺と、付き合ってください!!」
三好里奈は当惑していた。
一緒に作業していた村田幸也からの突然の告白。
意識していないどころか、想っている人がいる里奈にとって、その告白は断る以外の回答のないものだった。
だからこそ、里奈は困惑した。
何しろ、自分が告白されたのが、自分の想い人の目の前で、だったから。
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