第73話 可愛い、優しい、苦しい。



「おお! これうまいですね!! なんて料理なんですか?」


「『さっさと今日あったことを話せ』の炒め物だよ~」


「………」


 ニコニコ笑顔の小学生(仮)な先輩を見ないようにしながら俺は、テーブルに置かれたまともじゃない数の皿と、その上に盛り付けられた尋常じゃない量の料理との戦いに姓を出していた。


 二十時五十五分。俺が、水守神社から全力疾走を駆使し帰宅したのは、そんな、実家暮らしの高校生なら親に帰宅が遅くなった理由を問い詰められそうな時間帯だった。好都合なことに、俺は一人暮らしで問い詰めてくる親がいないので、通常なら大して気にすることもないのだが、忘れるなかれ、俺の家にはママより怖い、先輩がいることを。


 現在時刻は二十一時十五分。


 全力で走ったせいで上がりきった息を整えるまもなく、鍵を開けてくれた由利亜先輩に引き入れられ汗を拭くためのタオルを貰うと、いつもの椅子に着席を促され、


「あ、こっちもおいしいな。これはなんて言うんですか?」


「鶏肉と茸のフリカッセ『こんな時間まで何してたんだ』風だよ~」


「わ…わあー……フランス料理だ~……」


 なぜか大量に作り置かれた料理を一つづたいらげながら、こうして今日の出来事を詰問されていた。


「ねえ、太一くん。私はなぜ今日学校を欠席したのかを質問してるんだよ。料理の感想なんて聞いてないよ」


 そう言いながらも、俺が食べる手を止めると小皿に盛り付け食べるように促してくる。俺はそれを受け取り、どこまでなら話しても大丈夫なのだろうと黙々と考えていた。


「仕事の話なら無理に聞こうとはしないけどさ、でもさっき違うって言ったじゃん? だから理由くらい聞いても良いでしょ?」


 この台詞、字面にしたら本気でうざい彼女なんだけど、目の前にいる幼女の心配そうな顔を見てしまうと適当にあしらうことも俺には憚られて、結果、料理の感想を言いながら質問の回答に窮するという泥沼にはまっていた。


「そう、ですね…… 聞かれるのはもちろん良いんですけどね、ただ、プライバシーなところが大きくて、言って良いのか悪いのか、俺には分からないんですよねぇ…」


 もぐもぐと、口を動かしながらムムーと考える。


 弓削さんの家が神社なのは言っても問題ないよな。俺がなんで学校じゃなくそこにいたのかは、まあ由利亜先輩になら行っても大丈夫か。帰ってくるのが遅かった理由は、兄貴の差し金だって行っとけば問題なしか?


 お? 丸く収められそうじゃね?


 しかし、俺の脳みそほど由利亜先輩の思考はお花畑ではなかったらしい。


「由井くんね、分かった。明日中に街から出てって貰うからね。後、お兄さんのことは私わかんないけど


、無理はしないでね?」


 説明を疑うことはなく、ただ聞き入っていた由利亜先輩が俺の言葉を受けて発した第一声はそれだった。


 拍子抜けするほど簡単に信じられてしまったからこそ、俺はあまりにも端的に、


「あ、はい」


 などと言う間抜け極まる返事をしてしまったのだが。


 今この人、街から出て行かせるとか言わなかったか?


 MAJIKA?


「ちょ、ちょっと待ってください。由井先輩は何もしなくて良いですから!」


 勢い余って身を乗り出しながら言うと、由利亜先輩はさっきまでの笑顔を潜ませ真顔になると、


「なんで?」


 ゾクッと、背中に氷水でも滴ったかのような悪寒が走る。


 由利亜先輩は黒目を一切動かさずに俺を見据えて、淡々と言い含める。


「太一くん、暴力はね、絶対にしちゃ行けない行動なんだよ。法律でも傷害罪なんかで刑が決まっていてね十五年以下の懲役か、五十万円以下の罰金なの。今すぐにでも警察に掛け合って、由井くんを逮捕して貰うことだって出来るんだよ。お父さんの名前を使わせて貰えれば、尚更簡単に警察も動いてくれるし、あ、それ良い考えだね、今すぐ電話してお父さんに許可もらわなーーーふぐっ」


 いつもはふわっとした優しい小学生は、しかし、こと暴力という話には敏感で、だからこれはその部分を配慮しないであけすけに語ってしまった俺のミス。


 心の中で一つ嘆息すると、独り言を延々まくし立て続ける由利亜先輩の頬を、両手で挟んだ。


「あっちょんぶりけ」


「はにふんのは」


 すっぱい顔した由利亜先輩が、俺を見上げて抗議してくる。目が動き出していた。


「俺のことなら気にしなくて良いんですよ。頑丈に出来てますし、それに、その暴力生徒会長、いまいなくなられるとちょっと困るんです。だから、出て行かせるのはもう少ししてからにしてください」


 酸っぱい顔のまま不服を顔に表現する由利亜先輩は、「わかった……」と渋々受け入れてくれた。


 これで、あの許嫁への執着が変態的な生徒会長がこの町からいなくなるのも、時間の問題となったわけだ。


 あの変態暴力者、今回のことに直接関係はないが、あまり調子に乗られても困る。灸を据えてから、心置きなく出て行って貰おう。


「やることが多すぎて、やになるなあ、まったく……」


 ぼそっと呟いた独り言、そんな物も拾い聞いて、


「でも太一くんなら大丈夫だよ」


 にこっと笑う由利亜先輩に、今日も今日とて元気を貰う。


 こう言うところがあるから、嫌いになれないんだよなあ……








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