第69話 大問題の横にはこまごまとした問題が山積中。



 本来ならば、学校行事が最大に描かれなければならない学園もので、俺の目の前に問題として提起されている物の中で一番の焦点に上げられるのが先輩の奇病だ。


 これは一高校生の分際で手を出して言い題材ではないし、そもそも、話が回ってくるような立ち位置にいる人間なんてこの世には居ないはずなのだが、どうにも馬鹿な肉親を持つと、困るのは両親ではなく兄弟姉妹になるようで、その定説通り俺におはちが回ってきたときには、病人はベットの上で伏せり、もう一人は学校でもどこでも隔離しなければいけないような美女として存在していた。


 つまり、学校の行事でも何でもなく、ただただ私情としてのこの依頼なのだが、依頼人は兄、病人は三人、しかし、この病気の治療方法を見つけた時点で行われるのは、魔女裁判にも似た惨い、それでいて華麗なあれこれだった。


 美しさとは何なのか、それが解らないうちは、きっと何も解らないだろう。俺には結局解らなかったし、解ったところでどうしようも出来なかった。


 だからこその、奇病。


 病ではなく、鋲、かもしれないし、もっと言えば杭に近い。


 そして奇病の治療、これは先輩を苦しめる杭を抜くことを意味し、病床に伏せる二人に杭を打ち込み死を与えることを意味していた。








 次の日。


 昨日同様に朝を過ごし、三人で学校まで来ると、昇降口で別れて各々の教室へと向かった。


 先輩は部室、由利亜先輩の所属クラスは、そういえば知らないな。


 聞いた気がするようなしないような……んー…解らない感じが尋常じゃない……


 俺はというと、昨日読み終わった本を図書館に返すために歩いていた。


 かなりショッキングな題名だったから、それなりの覚悟を持って読んだのだが、覚悟しといて良かったと思わせる内容だった。題名に負けなさすぎて面食らうくらいすごかった。


 昨日、これを勧めてくれた生徒会長、彼にあったら伝えなければならない事があるのだった、あなたの許嫁さんとなんか知り合いだったみたいですと。人のよさげな好青年は、裏の方で性格が曲がってるのが相場だが、あまり考えすぎない方が良い気がする。こう言うのは考えれば考えるほど悪い方に転がっていく気がする。


 押し開きの扉を体で押し、入った先にある自動ドアを潜るとエアコンの効いた少しほこり臭い空気が鼻腔をくすぐる。


 吸った息を長くため込むことなく吐き出すと、鼻が慣れたのかそのほこり臭さも二度目の呼吸からは気にならなくなった。


「お願いします」と、返却カウンターの若めな司書さんに本を手渡すと、「確認しますので少しお待ちください」と事務的に言われその場でしばし待つ。


「確認しました。お預かりします」


 笑顔の綺麗な司書さんは、図書館らしい静かな声でそう言って俺を解放してくれた。


 眼鏡でショート、身長は中くらいだけどすらっとしたスタイルのおかげで少し高く見える。小さい丸顔は大きな目と口元のほくろが特徴的で、司書って可愛い人も居るんだな、とか、かなり失礼な言葉が脳裏をよぎる。


 今日も今日とて本を借りに来た俺は、昨日同様文庫スペースへと足を向ける。


 今日は借りる本を決めてきているので、それを探すだけの簡単なお仕事だ。


「えーっと、どこだー」


 独り言を口にしながらうろうろと本棚を物色し、目当ての作者の名前を見つけるが、残念なことに捜し物はなかった。


 さて、では第二候補だ。


 そう心を入れ替えて別の作品を探す。


 こうして居る時間も意外と楽しい。捜し物がなくても、なんとなく気になる題名で足を止め、パラパラめくると、違う世界の扉が開いていって、自分の知っている世界の狭さを体感した気持ちになる。


 図書館の醍醐味は、自分の知識外の本が整然と並び読み放題なところと、本のプロが常駐している所かもしれない。


 本を読みたい、でもこれって言う読みたい物があるわけじゃない、なんて人は、図書館で司書さんにお勧めを聞くのも手かもしれない。


 まあ、今の俺には当てはまらない事だが。


 少し迷って借りる本を決めると、それを手に取り階段を昇る。


 結局、事前に決めた物とは全く別の物になってしまったが、まあこれはこれで楽しめそうだからありな部類だ。


 カウンターに本を持っていこうとすると、さっきの可愛い司書さんと生徒会長が顔を突き合わせていた。


 こちらに気付いた様子はなく、司書さんはさっきと変わらない笑顔で会長を相手しているが、会長の方はなにやら真剣な表情だ。


 声は聞こえない。


 本棚で隠れるように近付いて、会話の内容を聞こうと試みる。


「―――から、困ったことがあれば言ってください、力になりますから」


「ありがとうございます。頼らせて貰いますね、生徒会長さん?」


 年上からの優しい対応、といった感じで司書さんは生徒会長をあしらっているように見える。


あ、あれ、もう終わり?


 近付いた意味ねえ……


 普通に悩み相談に来てただけか、つまらん。


「はあ……」 


 会長が去って行くのを待って、カウンターへ足を運ぶと、司書さんの深いため息が俺を出迎えた。


「何かありましたか?」


 素知らぬ顔で尋ねると、司書さんは驚いた顔で居住まいを正して、


「あ、いいえ、少し疲れてしまっただけです、気にしないで?」


 たどたどしいが、にじみ出る優しさのあるオーラが詰問するのを妨げる。だが、俺にはこの手の物は通用しない、なぜなら日頃からもっと強い、強いだけのオーラを浴びているから。


「生徒会長と、何かあったんですか?」


 何もなさそうに見えたけれど、直前まではあの人がいた。掛けるのならこの鎌だろう。


 そう思っての当てずっぽうだったのだが、どうやら正解だったらしい。


「見られてたか……」


 さっきまでの笑顔はどこへやらと、陰鬱そうな表情が司書さんの顔に映し出された。


 なんとなく、その表情というコマンドがこの人の物ではないような感じがして、映し出されたなんて言ってしまったが、陰鬱な表情をしているのは司書さん本人だ。さっきまでの笑顔とのギャップで、正直ぱっと見別人にすら見える。


 言い淀む司書さんの表情は険しく、あまり芳しい反応はもらえそうにない。


俺は顔から目線を外すと、名札に目が行く。


 宮園里歩と書かれ、顔写真がその横に貼られている。


 宮園、宮園か、あまり、関わりたい名前ではないな……


 心のなかでため息のように呟き、目を閉じる。


図書館には近付かないようにしよう。


 再び開いた目で辺りを見回し、持っていた本を返却済みの片付け棚に置き、この場を去るために動き出した。


「言いにくいようですからあまり深くは聞きませんが、一人で抱え込むとろくな事ありませんから、他の人にご相談することをおすすめします」


 ありきたりで凡庸、一般的で当然な事を口から出任せで言い放つ。


 司書さんは面食らって、眼鏡の奥の目をぱちくりさせると「ご心配ありがとう」とだけ言った。


 生徒会長と司書。何かあるんだろう、興味もないし、関わりたくもない。由利亜先輩にでも言っておけば、何か問題が起こっているなら解決してくれるか。


 図書館を出て教室に向かう。


 宮園唯華、記憶力の悪い俺が、唯一忘れられない他人の名前。


 二度と会うことはないだろうし、絶対に俺から会いに行くこともないが、きっと、二度と忘れることのないだろう人物。


 宮園里歩さんとそいつに、関係性はきっとない。だから名字が同じだからなんて理由で、困ってる人を見殺しにするのは俺の身勝手だ。なさけさで死にたくなるが、あいつを思い出す物からはなるべく逃げておきたい。それが、俺のせめてもの抵抗だから。


 こうして、宮園里歩という人物が、研修だかなんだかの為にここに来ていると知らずに二度と来ないと決めてしまった俺は、本当に三年になるまで図書館には来なくなるのだが、宮園里歩さんはこの一週間後には居なくなる。




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