第68話 発掘部の文化祭は、駄弁るだけで成立する。



「ああっ!!! 思い出した!!!」


「な…なに、急に大きい声出して……?」


 部室で本を読んでいると咄嗟に朝のことを思い出し、弓削さんとあってからのもやもやが解消された勢いに任せて声が出てしまい、教科書に向かっている先輩が怪訝な視線を向けてくる。


「ああいや、何でもないです。ちょっとど忘れが解消されて、その勢いでつい」


「太一君、記憶力悪いもんね」


「良いとは言いませんけど、言われるほど悪くはないと思うんですけど」


「いや、悪いよ」


「…あの、目が怖いんですけど……」


 隣で何やら資料を作っている由利亜先輩にも、半開きの目でにらまれながら断定されてしまう。


「太一くんさ、この学校の生徒会長の名前、知ってる?」


 そのままの勢いで、由利亜先輩は質問してくる、もちろん目は半開きのまま。


「生徒会長ですか? またなんで急にそんな赤の他人の名前を俺が知ってると思うんですか?」


 そして俺は、ついさっき思い出した人物の名前を聞かれ、取り乱すでもなく、自分の記憶力の悪さを広めるのに一役買いそうなことを言う。


 自分の通っている生徒会長の事を、赤の他人と切り捨てるのは、解らない、知らないと行っているようなものだ。しかも、それを知らないというのは、入学式の時に壇上に上った人物を覚えていないと言うことであり、夏休み前と後に全校の前で熱弁を振るい拍手を受けた人物を覚えていないというのに等しい。


 だからまあ、そんな言葉の後に俺は、間髪を入れずに更に言葉を継ぐ。


「もちろん解りますけど、でもなんで急に?」


 これで完璧に誤魔化した。


「生徒会長となんかあったの?」


 誤魔化せてなかった。


「いやいや先輩、別に何もないですよ。そう、何もありませんでした、ただの勘違い、お互いの認識の相違ってやつだったんです」


「太一君、そんなに一生懸命誤魔化そうとすると、ばれちゃうよ」


 ノートにペンを走らせながら、つまり、俺の事など見ることもなく、先輩は俺の心を読んでいるかのようなことを言う。


「別に、何も誤魔化そうなんてしてませんよ? なんなら今日の出来事を全て話しても良いくらいです」


 それを聞くと由利亜先輩の目が喜色に染まり、笑顔になる。


「じゃあ全部話して? 余すとこなくぜんぶ!」


 隣から勢いよく詰め寄ってくる由利亜先輩の肩を持ち、押し返すと、しっかりと腰を下ろさせて俺も椅子を横向きにして対面する。


「良いですか?」


「うん」


 そして由利亜先輩は、真剣な面持ちで頷くと、俺の声に耳を傾けた。


「由利亜先輩と一緒に登校して別れた後、図書館に行ったんです。これを借りにね」


 机の上の文庫本を示しす。


「『血の味』? 太一くんホラー好きだっけ?」


 題名だけ見れば、確かにそう思えるか。


「別にスプラッタって訳じゃないですよ。もっと情緒的です。あ、でもサイコホラーって感じではあるか… まあ、俺の趣味ではこの本は選びませんね」


「じゃあ、誰の選んだ本なの?」


「そこに登場するのが、さっきの話題の生徒会長です」


 何故に? という風に首を傾げる由利亜先輩に、正直言えば俺にもよく分からない事情を話していく。


「俺が本選びに苦戦していたところに、この本がおすすめだって近寄ってきたのが生徒会長でした。話があると、食堂に連れて行かれて」


「話って?」


 興味がわいてきたのか、聞いているだけだった先輩が先を促してくる。


「それが、第一声『許嫁を返してくれ』だったんです」


「「はあ??」」


 二人の反応はあまりにも予想通りで、


「ってなりますよね」


と言うほかない。


「話を聞く限り、俺には身に覚えもなかったですし、だから素直に、そんな奴知らないって言ったんですよ」


 うんうん、と頷く由利亜先輩を見る。ここまでは納得いただけているようだ。


 しかし俺は、次の言葉を口にしなければならない、自分の記憶力とか、それ以前の何かが欠落しているという事実を。


「で、まあめでたく一時間目には遅刻したんですが、昼食を三好さんと食堂で食べてたんです。で、三好さんが一緒に連れてきた女の子が俺の隣の席の子だったんですけど、それが会長さんの許嫁さんだったんですよね」


「なるほどなるほど。」


「へえ~」


「………………」


「で?」


 で? で? って何だ? これ以上言うことないんだけど?


「その、太一くんの記憶力が、失礼極まりないレベルなのはいつも通りだけど、その両手に花の昼食を自慢したかったの?」


 俺の伝えたかった事がなんにも伝わってない?


「そうじゃなくて?! 大事なこと言い忘れてた、その食事の場で生徒会長に出くわして、思いっきりぶん殴られそうになったって話でした。で、なんで殴られそうになったのかを思い出せなくて、さっき思い出したんです」


 またもゴタゴタに巻き込まれているとしれたら、もめ事に関わるのが好きな奴みたいで嫌だから誤魔化そうとしていたのだ。


 なにせ由利亜先輩は学校ではかなり顔が利く。この人が動けば教師も動く。だからあまり、知られたくなかったが、後ろ暗いところがあるわけじゃない、話してしまった方が楽なら、わざわざ誤魔化す必要もない。


「由井君が暴力か、よく『殴られそう』ですんだね」


 なんだ、やっぱり知り合いか。


「なにせ許嫁の前ですからね、あまり悪印象は与えたくなかったんでしょうね」


 言いながらその場面の記憶を掘り起こして、俺は思う。


 俺の背後に立った男に、弓削さんが味噌汁を投げた。その男が生徒会長。あのおとなしそうな弓削さんが、そんな行動を取るほどの人物だ、二人の間には何かある。


 が、俺には関係のないことだ。


 その場では走り去る弓削さんについていってしっまったから、立ち尽くした会長の事は放置してしまったが、こんどあったらちゃんと説明しておかないとな。


「で、その太一くんの隣の席の女の子は、可愛いの?」


「なんでそんなこと聞くんです?」


「いいから」


 うむー、と弓削さんの顔を思い出し、


「そうですね、どっちかというと、由利亜先輩よりは三好さんに似た感じのかわいさですね」


「そっか、太一くんの好みか………」


 また敵が増えたとかなんとか、ぶつぶつ言う由利亜先輩を無視して、先輩が聞いてくる。


「太一君てさ、格闘技とかは出来るの?」


「格闘技、ですか? あいにく、兄さんのやってた合気道くらいしか習ったことないですね。母は中学時代に空手やってたらしいですけど」


 父の事は知らない。


「合気道か、何段とかあるんだっけ?」


「さあ、まだ小学校低学年くらいの時でしたし、俺が習ったのは師範になった兄からなので、帯もなければ道着も着ませんでしたし」


「それ、ただ技習っただけじゃん………」


「そうなりますね」


 から笑いでお茶を濁して、急須にお湯を淹れる。


「どうぞ」


 先輩の方に腕を伸ばし、


「ありがとう」


 と差し出された湯飲みにお茶を注ぐ。


「まあ俺の話はこんなものですかね」


「また新しい女連れてきたら、ただじゃおかない」


 話の締めを言うと、物騒なことを言われた。俺が連れてきてるわけじゃないのに。


「面白かったよ、良い息抜きになった」


「いや、別に面白がらせたかったわけじゃないんですけど」


「続きも楽しみにしてる」 


 こちらににやにやと笑顔を向けた後、そのまま教科書に目を落とした。


 何を言っても無駄なようなので、


「わかりました」


 適当に返事だけしておいた。








~後書き~


 太一が部室で二人の先輩にからかわれているのと時を同じくして、体操服姿の男子生徒が一人、帰路についていた。


 男子生徒はうつむいたまま、心の憂さを口から漏らす。


「山野、殺す」


 とても一般的な高校生の発する言葉の温度ではない、その声を。

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