第42話 期末テストのイベント性なんてたかが知れてますよね。
時折考えている。
先輩の美人さ、あれほどに美しいのは一体なぜなのか。
神々しく、光輝くように美しいあの美人。どれ程の善行を前世で積めば、あれほどに美しくなれるのだろう。
神々よりも人を愛し、誰よりも人を善としてとらえ、何よりも行いを善に向け、心に一片の歪みもなく死んだのだろうか。
人を助け、自分を誇り、人を尊重し、自分を愛し、神を崇拝し…もはや、その程度のことではあの美人は生まれないだろうことは核心的だが、それでも考えざるを得ない、あの美人がどのようにああなったのか。
他人と、素顔では触れあえないほどの美人とは、
一体どれ程の「悪行」を積めば、そんなものになるのだろうかと。
「んんー…」
一人机に向かいながら、既に書くスペースの無い答案用紙を前に唸り声をあげる。
思考ゲーム、というよりは勝手な妄想。
試験期間が二日を消費し、三日目の今日最後の試験を解き終えた俺は暇をもて余すあまり、そんなことに時間を使っていた。
「山野くん、解き終わったの?」
テスト中。普通はあり得ない教師からの声かけ、しかし相手が花街先生だと思うと多少の気の緩みも仕方ないと、自分で勝手に納得する。
「はい、なんとか埋められました」
「まだ始まって十五分よ?」
問題数は二十問なので少ないとも言えないが、
「選択問題もありますから、勘でちょちょーっと、的な?」
三日間の脳への負荷で、俺の頭は大分イカれているようだった。
「まあいいわ、見直しの必要もないようなら今日はもうこれで終わりだし、帰ってもいいんじゃないかしら?」
俺の答案を眺めて、花街先生は言う。
「ほんとですか?じゃあお言葉に甘えちゃおっかな!」
「じゃあ今日はこれでおしまいね?」
「OKです!」
期末テスト終了。何がイベントだって話ですね。
テスト中に教師とお喋りなど、一般の教室ではあり得ない。では、俺はどこにいたのかと言うと生徒指導室だったりする。
職員室の真隣、校長室に扉一枚隔てたスペースで、俺は俺使用に改編されたテスト用紙に向かっていた。
そりゃ、三日で頭も疲れるわな!!
そんなわけで、テストを終え、花街先生と少しばかり雑談をして鞄を用意すると、部室に向かうため扉を開けた。
「今日は私行けないから、そう言っておいて」
「了解です、お仕事頑張ってくださいね」
「うっし!」
顔に似合わないガッツポーズは、ギャップも相まって可愛らしい。
「それじゃあ」
「さようなら~」
さよならです、と扉を閉めた。
これで花街先生の胸がでかかったら、由利亜先輩のファンの二割くらいは持ってかれてるんじゃないかなあ。
バカなことを考えながら、歩をすすめる。
部室の扉がなぜか開け放たれていた。
「ん?」
不審に思いつつ、近づく。
中には誰もいなかった。
「どういうこと?」
訳がわからん。
入る側からは押し開きの戸を、音の出すぎないように閉める。普通、こういう時は扉を背にしたまま、不審者を探るのがセオリーなのだろうがそんなことを考える余裕はテスト明けの頭にはなかったりした。
「なんだかなあ…」
頭を雑に掻きながら口をついてでるのは、そんなよく分からない事に対する愚痴。
いつもの席につくと、何かが視界に入った。
そうして、ふと思い出す。
『長谷川の事を見なかったか?』
『いえ、今日は見てませんけど』
『そうか、すまん、邪魔したな』
一つ目のテストを終え、花街先生と話しているときの事。
そして、何かに目を向ける。
目をそらす事の出来ないその何か、しかし視界に入れることも出来そうにないそれは、どこからどう見ても、先輩の倒れた姿だった。
「先輩…?」
俺は近づき、声をかける。
「何してるんですか…?」
返事はない。
「テストは、受けましたか…?」
もともと透き通るような白い肌が、真っ青になるほど冷たい。
「体育の教師が探してましたよ…?」
目を閉じたまま、呼吸は薄い。
「せ…せんぱい…?」
返事は、ない。
目の前が暗くなってきた。こんなにも動揺したのは、生まれて初めての事だ。
駄目だ、落ち着け、今狂ったら駄目だ。
理性の言うことに、素直に従うことは今の動揺では不可能だった。
何も、疲れた頭では何も考えることができなかった。こんな時の対処法なんか、腐るほど頭にあるはずなのに…
誰か、だれか…
「お疲れさま~ 私は疲れたよ~」
呑気な声で、扉を開けて入って来たのは由利亜先輩だった。
「由利亜先輩…先輩が、先輩が…」
「うお!?!? なに! どうしたの太一くん!? は、長谷川さん!?」
この人は、本当にいつも俺を助けてくれるなあ…
「と、兎に角! 先生呼ぶからちょっと待ってね!」
教室に一つ据え付けられている内線。それを手に取り由利亜先輩は話始めた。
俺は、先輩の苦しそうな顔を見つめながら、なにも出来ないままで、情けなく、俯いたままだった。
教師陣の対応は迅速だった。
さながら、いつも通りの事をするがごとく。
廊下ですれ違えば魅せられ、固まっていた教師陣も、義務の発生時にはそうも言っていられないのか訓練同様に固まった動きだった。
救急車に乗せられ、病院に運ばれる先輩には、花街先生が付き添ってくれた。教師陣の中で唯一先輩の素顔を見ても硬直しなくなった、慣れを知った教師。
動揺と困惑とで蒼白になった俺の顔を見て、なにかに納得した顔をした花街先生。由利亜先輩の存在に目を向けるとき、言い知れない苦さを滲ませた花街先生は、自薦で先輩に付き添い「今日は帰って、寝なさい」俺に向かってそういった。そんなことは無理だろうと、出来ないだろう事はわかっているけれど、それでも私の言えることはこれだけなのだと、伏せがちの視線でそう訴えられた。
俺は、そんなにも神経が細く見えるのだろうか、まあ、今の俺を誰が見ても神経が太いようには見えないのかもしれない。俺も無理して太いようなふりをしない。先 頃までの失態で、そんなことが無駄なのは解りきっている。
俺のことを介抱してくれている由利亜先輩は、何かを言おうとして止め、今まで俺のことをただならぬ生徒だと信じて疑わなかった教師陣もようやく俺が一般的な普遍的な生徒であるのだと思い至ったようだった。恥だとは思わない。むしろあの状況で、淡々としていられたならば、自分で自分を貶めていただろう事は想像に難くない。あの場で動揺した自分に、驚きはしたものの、ホッとしていたのもまた事実なのだ。
「…太一くん…大丈夫……?」
部室の定位置。保健室に運ばれそうになって固辞した。
額をおさえ机を睨み付ける俺に恐る恐る、由利亜先輩が話しかける。
相当酷い顔色をしているのだろう、いつも笑顔の由利亜先輩の表情が見たこと無いほど怯えている。
怯え、あの兄にさえ、こんな顔は向けなかった。
「はい。すいません、まさかこんなに感情操作が出来ないとは思ってなかった…」
顔の向きは変えないまま、ため息のような言葉を漏らす。
「ううん…ごめんね…」
「なんで由利亜先輩が謝るんですか?」
何をいってるんだと思った。
つい、顔をあげてしまうほどに。
「だって…私は…あんな状況なのに…」
そこで、言葉が切れた。
嗚咽と共に、涙を流す由利亜先輩を見つけた。
こちらを見て、正した姿勢のまま、涙をながし続けていた。
瞬間、あっけにとられたのは本当にそれだけの時間。
意識はあっても理解はできなかった、なぜこの人が謝って、なぜこの人が泣くのか。
泣き散らす由利亜先輩の背中をさすりながら、俺は、無意識のうちに先輩の事ばかりを考えていた。
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