第41話 夏休み前の試験。

 兄の会社の事案解決に一役買った日。


家に帰ると先輩二人は甲斐甲斐しく出迎えてくれて、


「お帰りなさい。ご飯にする? お風呂にする? それとも…」


「じゃあご飯ください」


 無用なことは言わさないスタイルで。


「お帰り対置空ミサイル君」


 突然の謎ボケに、


「ど、どうしました…?」と突っ込みに失敗すると、「まだまだだね」とどこかで見たような、否聞いたようなことをフリ付きで言われた。ラケットは持っていない。


「あの、本当どうしたんです? 頭でも痛いんですか? ていうかこの状況で頭が痛いのはむしろ俺なんですけど…」


「どうもしないんだけど、たまには私もボケてみたかったのさ」


「そうですか」


 言ったものの、やっぱり意味は不明だった。


「はいはい、バカはほっといてご飯持ってきたから座って~」


 机の上に料理を並べていた由利亜先輩が俺を呼ぶ。


「私はさっき食べたわよ」


「あんたは馬鹿やってなさい、この馬鹿」


 顔は可愛いのに口が悪いのが玉に瑕!!


 定位置に座り、机を眺めるといつもよりなんとなく豪華なメニュー。


「なんかあったんですか?」


 隣に座って取り分け始めた由利亜先輩を見る。


 聞かれた側は何のこともなく、「今日はあの馬鹿の誕生日なんだってさ」と教えてくれた。


「え、そうなんですか?」


「うん! これで私は十七歳なのだよ!!」


 今日、まさか当日に聞かされるとは思ってなかったもので、イベントなど開催もできず、プレゼントとかも勿論ない。


「もう少し早く言いましょう? そしたらプレゼントくらい用意したのに」


「そういわれるだろうと思ってあえて言わないで置いた」


「ここにきて急に『私の誕生日だから何かおいしいもの作って!』とか言われてもこっちも困るのよ、結局買い物行きなおす羽目になったんだから……」


 お疲れ様です。


 由利亜先輩の取り分けてくれた料理は、パーティーというよりは居酒屋という感じだった。刺身、焼き鳥、角煮、ポテトサラダ、どれもうまいがなぜこのセレクトなのだろうと疑問には思う。


「おいしいじゃんか、居酒屋メニュー! もつ煮とか私の好きな食べ物でベスト3には入るよ」


 美人女子高生の好きな食べ物がもつ煮って、なんか意外性高くてギャップ萌え狙えそー。


「もつ煮? てどんな料理?」


 となりで首をかしげる料理上手なお嬢様女子高生。もつ煮は知らないようだった。


「豚の内臓を煮込んだメニューですね」


 説明しようにもこれくらいしか知らない。


「こういうのよ」


 そういって先輩は使い慣れてきたスマホを由利亜先輩にかざして見せる。


「へえ…こんな料理もあるんだ…」


 ふむふむと作り方を読みつつ、感想を述べる由利亜先輩は、なんというかリスみたいだった。


 覚えた!! と叫んだ由利亜先輩は、


「明日作ってあげるよ」と豪語した。


 さすがに覚えた次の日に作れるとは思わないが、若干ばかり、期待している自分がいた。




 そんな次の日。


 七月一日は、先輩の誕生日の次の日であり、ド平日であり、五日後に試験期間を控えた日であった。


 前日に、兄の会社で働いたりしたせいで、なんとなく気が抜けているところがあるが、もう一度兜の緒を締めて勉強に集中しなければと気合を入れる。働くという行為を、気を抜いてやっていた自分に拍子抜けな感を覚えながらも、今日は今日とて俺専用のテストの勉強であった。ちなみに範囲指定はもはやなくなり、俺は教科書の全範囲を網羅しなければいけなくなっていた。鬼教師どもが…。


 と、思っていたのはつい昨日までで、今日になると教科書の丸暗記を終えた開放感を堪能していた。もう試験が終わったとすら言える。


すがすがしい晴れやかな気分を堪能しながら午後の授業は聞き流した。


 ホームルームが終わりカバンに荷物を詰めていると、三好さんが寄ってきた。


最初こそ、三好さんと俺のやり取りを気にしていたクラスメイトも、今じゃすっかり興味を失い誰からも注目されることはなくなった。


 ボッチの人間に話しかけるのもそこそこ勇気がいるらしいし、そもそも結構目立つ。いつもは空気なのに少し声を発しただけで振り向かれる。お前らどんだけビビりよってくらいビビられる。「キョドリ方キモイよ(笑)」と言われたことを根に持っている人間も少なくないだろう。


「もう帰る?」


 少し、奇妙に思った。何がとは言えないが、何か。


「いや、部室に行くけど?」


 手を止め三好さんのほうに顔だけ向ける。


「今日から部活できないよ? テスト期間だから」


「うちは特別待遇だから」


 カバンの中身を確認すると、ふたを閉じた。


 奇妙。違和感だ。正体がわからないが、多分ろくなことじゃない。だからこの場は早々に退散するのが吉なはず。


「じゃ、また、明日」


 俺はもう振り返らない。


「山野くんさ」


「はい」


 振り、返らない…


「私も行くから待ってて」


 違和感、正体はこれか…


 活動内容不明、活動予定未定、断る理由は、皆無だった。


「あい…」






部室のなが机の上には教科書とお茶の入った湯飲み。俺の目の前にはノート一冊。


常設となった机と椅子、その他にお茶道具とお菓子を入れるためのカラーボックスと、一人暮らし用の冷蔵庫が設置された。もはや立派なお部屋だった。


この部屋を見ても教員はなにも言わないが、正直、こんなに自由なのを許していいものなのか俺が不安だった。だからといってなにかをいったりはしないのだけれど。


「先輩、その問題は一つ前のとは読み方を変えないと引っ掛かる引っかけ問題ですよ」


「え? うわマジだ、ありがとー」


そんな感じでテスト勉強だった。


「花街先生この問題がわかんないんですけど…」


「ああ、それはね、球の面積を求める前にやることがあって…」


…なんか、こういう部活みたいだな。


「ねえねえ太一くん! 見てこれ、蟻!」


「由利亜先輩良いんですか、テスト勉強?」


「何を言う、今は休憩中だよ。人間そんなに長くは集中していられないんだよ、だから三十分に一回十分休憩するくらいがちょうどいいのだよ」


「そんなもんですか?」


「そんなもんだよ」


だそうだ。


「鷲崎さんはそう言う勉強方法なの?」


説明を終えた花街先生が、問いかける。


「そうですね、るーちんわーくです」


なるほどねぇ、と興味深そう。由利亜先輩は、学年トップクラスの成績なので、そこそこに興味を持たれるのだろう。


翻って、俺なんかはただ教科書を暗記するだけ。


こんなことなら誰にでもできる、よって興味を持たれることもない。


「山野君は勉強進んだ?」


「ぼちぼちってとこですかね、テストはやってみなきゃわかんないじゃないですか」


花街先生はあんまり納得いかなそうに、


「そうね、まあ頑張ってね」


「はい、なんとか乗りきります」


適当な励ましの言葉。あまり期待もせず、ただ何となくそれが一番適切だからという理由での励まし。俺には居心地良い言葉だ。


正直、そんなに自信はない。俺用のテストとか、そんなに大々的に無理しなくても、前回の点数なんてまぐれもまぐれおおまぐれなので、身構えられるとこちらが恐縮してしまう。


出来ることなら恙無く終えたいところだが、


「んー………?」


「それは、式がそもそも間違ってるよ」


「ほんとだ!!!」


さいあくぅ…と言いながら自分で書いて写した式をノートから消す。


「三好さんは少しゆっくり問題を読んだ方がいいと思う」


「…はい………」


今日の勉強会は、俺と花街先生が教師役だ。

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