第8話 バタバタと事故って行く。

 先輩が登って来るる前に、制服に手早く着替え、窓を開けてジャージの砂をはらう。


 サッと見て、あまり汚れていないことを確認すると、『教室に、ジャージを置きに行ってきます』と書き置きをし、部室をでた。


 沈みかけた日差しの中、声を出して張り切る運動部の掛け声と、音楽系部活の音出しの音が響き渡る廊下と階段を通り抜け、俺の所属する壱-陸(表記はクラスの誰かによって変えられたらしい)にたどり着く。


 教室内に備え付けられている個人用のロッカーに、しゃがみつつ畳んだジャージをしまい、ため息を一つ。


「なんだったんだろうな…」


 おもむろに出た一人言は、何かに吸いとられるように消えていく。当たり前だが、誰からの返事もない。


 そう、言葉による応答はなかったが、


「むにゅ~」


 という効果音と、背中に当たる夢の心地は、俺に何かを目覚めさせようとしているようで。


 何も言わず立ち上がると、首に回されている腕に掛けられる力が強くなるのが分かる。そのまま直立すると、それなりの重みが肩にかかる。


 その重さに先に耐えられなくなったのは、乗っかっている本人で、


「鷲崎先輩ですか?」


「あた…りぃ…」ズルズルーと、


 答え合わせと共に地面に降り立った鷲崎先輩は、今度は俺の腰に腕を回し、胸を押し付けてくる。


「なにしてるんです」


「マーキング?」


「いつのまにかあなたの物になってたんですか」


「発掘部、辞める?」


 会話の流れからは突然で、唐突な質問だったが、答えには窮さない。


「むしろ続ける理由が出来ました」


「辞める理由だってあったのに…」


「それはそれ。優先順位の差です」


「私とは遊びだったのね!!」


「そういうことを教室で言うのやめてもらって良いですか!!?」


 今日の朝ぶりにあった鷲崎先輩は、授業の疲れを感じさせないほどのフルスロットル。


「もう帰るでしょ?」


 テンションをスイッチでも切るかのように変えて、子首をかしげる感じで聞いてくる。


「これでもう一度部室に行って、先輩がどうするかによりますね」


 頭の中で予定を立てようとするも、上下間系の闇を思いだし、サッと代案を立て鷲崎先輩に提出する。


「君はまたあの辺境に行くの?」


「辺境って、部室ですよ、俺の所属する部の…」


 確かに遠いが、遠すぎるが……。


「連絡先は交換してないの?」


「そうですね、そもそも俺は携帯を持ってませんし」


「今どきっ!?」


 その驚きようは若干失礼なのでは?とは思いながらも、まあ気にしてないし良いかと切り捨てる。


「まあ使いませんしね、中二で解約しました」


 小学校はそれなりに友達がいたので、両親が善意で買い与えてはくれたのだが、通信料が基本料を上回らないのを見て、「太一は携帯必要?」と、まあ無駄金なのを悟り契約解除という運びとなった。


「ぇー、私は君の連絡先ほしいなぁ…」


 ふと、その言葉で思い当たる。


「まあ、内に来るにしても俺がいないタイミングってのも有るでしょうしね」


 それだ!と言いたげにこっちを見て何かを目で訴え始めた鷲崎先輩には、


「家電を進呈します」


「い、家電…」


 何か落胆しているようだが、携帯を買ってもらう相手も、買うための金もない俺には携帯なぞ高嶺の花だ。


 未だに腰から離れていなかった童顔ロリ巨乳(某グラドルから貸借)を引き剥がし、ロッカーにあったノートの切れはしに電話番号を書き込み、高校生とは思えない小ささの手に握り混ませる。


「何はともあれ部室に行ってきます。鞄がそこなんです」


 言って鞄が部室にあるのを思い出した。適当やってるとこんなこともたまにある。


「わかった、じゃあ昇降口にいる…ね?」


 心配そうに問いかけてくる先輩に、


「了解です」


 それだけ言って、部室へ歩きだした。(廊下は走っちゃダメ絶対!)






 何くれとなく考え事をしていると、時間は早いようで遠いと思っていた部室には、早々に到着した。ここまでの道のりで、このまま一人で帰るための言い分を樹形図が出来上がるほどに考えてきたが、どれもあまり上手くいく気がしないまま。


 部室の扉の前に立ち、「どーしようかなー」と呆けているのが現状だ。


 なんにしても、この扉はくぐらねばならないので、どちらかといえば早くことを済ませるのが得策なんだろうが、どんなに考えても俺にあの超絶美人な先輩を言いくるめて、別の女の子と一緒に帰る方法など浮かび上がっては来ない。


 そろそろ五分が経過する。


(扉の前で、こうしているのも限界か…。)


 ノブに手を掛けひねる、押し開きになっているのでそのようにする。


「先ぱ、い…?」


 開いた扉の先で、先輩が倒れていた。


「…へ?」


 え、ちょっ、うそだろ?


「ちょっと、先輩!」


 慌てて駆け寄って肩に触れ、ゆすって見るが反応はない。


「おい、ちょっと!」


 仰向けに直してゆすり続けるとうっすらと目が開く。


「先輩?」


「たい…ち…くん…」


「なんですか? 俺ならここです!」


「わたし…ね…」


「はい! なんですか?」


「おなかが…」


「お腹が痛いんですか!!」


「すいたの…」




「まぎっらわしいいいいいいいわあああああああああああ!!!!!!!!!!!!」








「いやぁ~、危ないところだったよ。もうお腹が空き過ぎて、ダメかと思ったもん」


「あんまり人を驚かせないでください。心臓に悪いんですよ」


 昼頃には生徒でごった返している食堂に、倒れるほどおなかの空いた先輩を荷物と一緒に運び、今はほとんど生徒のいないそこで世にも珍しい、ってほどでもない食べ物(ポテトフライ、たこ焼き、焼きそばなど…)の自動販売機で買った焼きそばとたこ焼きと肉まんと…(食いすぎだろ)を頬張る先輩を前にため息を漏らす。


「なんでそんなお腹空かしてるんですか。お金ないんですか、それともダイエットですか」


「いやさ、いつもは部室でお弁当食べてるんだけど、今日は忘れっちゃってね~」


 金がないわけではないのに後輩におごらせる先輩。ろくでもないな。


 まあ金がなくて奢らせる先輩も、ろくでもないことは確かだが。どっちもどっちか。


「ていうか先輩、授業免除なのになんで学校来てるんですか?」


 することもないので適当に思いついたことを投げかけてみると、驚いたような顔をされる。なんか前にも聞いた気がするが、それはそれ、もう覚えてないしもう一度。


「なんでって、だって授業は免除でも、私部室でしっかり勉強はしてるんだよ?」


「え、部室で個人的に勉強してるんですか?」


「当たり前じゃんか! 学年順位をキープするのもそれなりに大変なんだから」


 もぐもぐ喋る内容は、結構な努力家であることを示していて。


 この人は天才なんだと、容姿で勝手に判断していた内面を知ってかなり驚く。


 顔には出ていないはずだが、それでも驚きは反応で分かってしまうのだろう、


「意外かな?」


 苦笑気味な先輩の、その質問はたぶん、勉強を努力している自分は意外かと、そういう意味ではなく。もっと別の、俺がこの人をどう見ているのかに向けられたもので。


 俺が、この学校に入ってまだひと月もたたない、先輩と出会ってまだ一週間もたたない俺自身が、この美人をどう見ているのかという質問で。


「そうですね、少し、意外でした」


 質問の本質を理解したまま、しかし答えに窮して結局いうのをやめた。質問の意味を、解らないふりをすることで。


「俺だったら授業免除されたら気が向かなければ学校には来ないですね」


 そこまで聞いた先輩は少し不満そうな顔で、最後の肉まんを食べ終えて席を立った。


「ご馳走様。じゃあ今日はこれで解散ってことで、明日も部活あるからね!!」


 昨日も聞いたその台詞は、少しだけ、俺を安心させた。


「はい、了解です」






 結果的に、俺の心配は当たらずに過ぎ去り、鷲崎先輩の待つ昇降口に来ていた。


 美少女と待ち合わせなんて、人生初の出来事にうきうきしていたりは残念ながらしていない。むしろハラハラしていると言って良い。


 なにせ相手は美少女だ。体格は小学生でも、そこに差異はない。なので、一人で昇降口にいたりすれば知り合いに話しかけられていたりもする訳で。


「ゆりあちゃん一人で帰んの? じゃあ俺らと一緒しない?」


「お、それいいな! ねえねえ誰か待ち?」


 うわぁ…わかりやすいチャラい…。(語彙力死)


(これは嵐の過ぎ去るのをまとう。)


 こうと決めたら山野太一の決意は固いのだ。(初名乗り)


 淡々しすぎてなんだか括弧が多くなっている気がする。


「人待ちなの」


「へえ、だれだれ? 女の子?」


「か…」


(か?)


「彼氏…」


「えっ、ゆりあちゃん彼氏いたの!?」


「まじかよっ…」


(へえ、鷲崎先輩彼氏いたんだー)


 とか、会話を立ち聞きしながら雲行きが怪しくなっているのを察知すると、一度状況を立て直すためUターンを決める。が、焦りは体に現れ、傘立てを思い切りよくニーキックして激痛を食らう。


「あふぁひゃ!!」


 めちゃくちゃ変な声が出た。


 でかい音もたててしまい、近くにいた三人は何事だとこちらにやってくる。


「太一君!」


 鷲崎先輩の反応は驚くべきもので、俺の姿を視認するや否や飛びついてきて、


「この人が私の彼、山野太一君、一年生なの」


 可愛いでしょ? と謎のアピールを話をしていた男子二人に始め、苦い顔で俺をにらむ上級生は、殺気だってさえいるように見える。


「ちょ、冗談ばっかり言わないで下さいよっ」


 俺はどうにかその手をはがし、誤解を解こうと試みるが、


「ほら、行こう? 今日の夕飯は何にするの?」


 と、もはや自分の世界に引きこもられたようです。


 誤解を誤解のままにしておきたい小学生(仮)を置いておいて、俺は自身の身の潔白を証明しようと試みるが、


「明日からの学校生活、楽しめるといいな」


「へっ…先に言っとく、お大事にな」


 残念なことにすべてが終了したようです。

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