第6話 人間関係の苦手さ。
前書き
あの時私の側にいてくれた君は、今、私の胸の中にいて、そんな君に私の鼓動が聞こえるように…
心拍数の上昇が、私にはっきりと彼の存在の意味を報せて、
愛おしいあなたの息遣いは、はっきり私の耳に届いてて、
できることなら無理やりにでも、
そんな考えに向かってしまう私の心は不純で、
でも、君が私のものになるのなら、
それで君があいつの魔の手から、逃れられるなら…
(前話の別プロローグ)
本文
親の暴力、そんなワードを聞いてしまえば、遊びに来るのも泊まるのも、拒むのは何となく悪い気がしてきてしまう。
特に俺は、親から逃げて独り暮らしを始めた身の上なので尚更なのかもしれないが。
けれども、だからと言って二日連続はどうなのかと、授業中何の気なしに思ってしまった。
思ってしまってからは妄想はどんどん進み、告白したら付き合ってくれるかなと言うところまで来た。その続きを考え出す前にチャイムが鳴り、一日の授業の終了を告げた。
ホームルームは五分ほどで終わり、わいわいがやがやと教室が騒がしくなる中、
「太一君!! さあ! 部室へ行こう!!」
その声だけは、無視のしようもなく耳に入ってきて、一言一言話していたクラスメイトも口を閉ざしてそちらを向き、世界が静止した。それくらいの硬直だった。
「何で教室まで来てるんですか」
その中で、俺だけは昨日の延長線上にのり、会話をすることが許された。
この人の美人さは、男女問わず、歯止めが効かない。昨日の童顔な先輩の話を少しだけ思いだし、俺は何で平気なんだろうと少し疑問に思う。
「勿論、君が逃げないようにさ!!」
逃げるもなにも、別に何かをしている部活な訳ではないのだから帰ったって良さそうなものだが。
「今日はちなみに何かするんですか?」
「勿論掘るよ!」
「じゃあ俺要らないっすね!」ウィンク&サムズアップ。
「そんなこと言ってないで早く行くよ!!」
教室の中まで入ってきた先輩は、俺の腕を引っ張ってつれていく態勢に入っていた。もはや逃げ場は無いようなので諦めて部室に向かうことを心に決めて、鞄をもつ。
諦めることに関しては俺の右に出るものはいないと自負しているし、逃げることに関して言えば、絶対に俺より逃げて生きている奴がいないことは確信を持てる。
「それじゃあ行きますか」
ため息を吐かないように気を付けて、先輩の胸の感触を確かめつつ、歩きだした。
ここでようやく硬直が溶けたようで、教室中が騒然として、そのタイミングで俺は教室をあとにする。
残念ながら俺のことを呼び止めるような輩はこのクラスにはいないし、俺の名前を覚えてるやつも少数だろうので、明日には何事もなかったように扱われるだろう。
……そうでなければ困る…。
我が校の見取り図はかなりややこしい。
上から見ると片仮名のエを思わせる形で出来ている。中心より右によった位置に渡り廊下があり、北と南の校舎を行き来できるのだが、斜面に出来ているため南校舎は四階建て、北校舎は二階建てで、渡り廊下は三四階にしかないうえ、一年の校舎は北側二階、二三年の校舎は南の三四階と、入学当初は北と南の行き来に苦労した。
そんな奇妙な校舎の中で、部室が密集させられている階は南の一階。
そして発掘部の部室は南校舎一階の最東端。
俺の教室は北校舎二階の最西端。
最も遠い距離にあると言うことは、知識としていれておいてほしい。
昇降口は北校舎の一階にあり、下校時は大いに賑わうのだが、逃がさないと言う名目で抱きつかれた状態の俺が通ったあとには、静寂だけが残った。
一つ階段を降りる動作をしたことにより、俺は予期せぬ風評被害を自ら産み出したのかもしれない。まあ、どこから行ってもこうなったことは請け合いなので、大差ないと諦める他ないのだろうけど。
「先輩、さすがに離してくれませんか?」
「わざわざ昇降口でそれを言うとは、逃げるき満々だな?」
「そういう見解もありますか」
この時点で、俺はルートのミスを察知せずにいたらしい。
「いくら四月とは言え終わりも近いですから暑いんですよ」
「私の体温は低いからちょうどいいといっておこう」
どうにも離してはくれないようだ。
それにしても、間近で見ると芸術品みたいにきれいな肌だ。恐ろしいほどはっきりした二重に、眉毛は薄く、しかし形は整っていてはっきりしている。唇は小ぶりだが膨らみかたは絶妙で、果実のよう。
押し付けられている胸は柔らかく、しかし弾力があるので跳ね返るよう俺の腕を圧迫しているし、視線を落とせばスラッとした腰回りに、細く引き締まった足。
どこをどう間違ったらこんな容姿で生まれ育つんだ?
目付き最悪、口も悪い、ルックスは皆無と言えるレベルの、人間をやめなければならない俺が隣にいることで、この人の美しさに綻びが生じてやいないか心配になるほどだ。
「さっさと部室につかないと、学校中の生徒がああなるんですかね」
「ごめんね……」
先輩を見るなり恍惚とし、膝から崩れ落ちる生徒が複数人いるのを見て、先輩に問いかけると、
「こうなるから私授業も免除されてるんだよね」
たははー、とめちゃくちゃなことを暴露してきた。
「えっ、じゃあ何しに学校きてるんですか?」
とっさに出てしまった質問は、先輩の心を殴るような物だったことを俺はこのとき知らない。
「そ、そう、だよね、そう思うよね~ でもちゃんと勉強はしてるんだよ?」
「ほう? ちなみに定期テストは?」
「勿論受けてますとも! 別室で!!」
「すごい得意気だ!! 点数とか順位を聞いても?」
フフ~んと鼻を前置きをしてから、
「去年一年間、定期テストでは三位以下になったことがありません!!」
「は!? うっそだあ!!」
ここまで必死で我慢していたのにこんな下らないことで大声を出してしまった!!
「全国もしも百位以下になったことはありません」
「ま…まじかよ…… 学校に秘密基地を作るとか言ってる頭の悪い人に…俺たちは負けてるって言うのか……」
その場に崩れ落ち、四つん這いになって地面を見つめ、絶望を噛み締めることしか、おれにはできなかった。
「解ったら膝まづきなさい!!!」
後には、どちゃくそ調子に乗った先輩と、言われるまでもなく膝まづく俺だけが残った。
「ねえ、私が勉強できるのってそこまでショック…?」
「いや…なんかビックリした反動で、気力が戻らないだけです…」
部室にたどり着き、パイプ椅子に座るやいなや、机に突っ伏した俺に、昨日の今日で持ってきたのだろう急須とポットでお茶をいれ、湯飲みに注いだものを俺に差し出してくれる。
「有難う御座います」
一言感謝をのべてから口をつける。熱々のお茶は普通に美味しくて心地いい味がする。
「美味しいです」
「ほんと?」
「はい」
「よかった~」
なぜか心配そうな顔をしてこちらを見ていた先輩に感想を言うと、安堵の顔を見せてくれる。そこまで酷いものを入れる自信があったのか? そんな態度を見ると、大丈夫だよね? これちゃんとおいしいよね? と、変に心配になってしまう。
「今日もこの下掘るんですよね?」
若干げっそりとしたテンションで、何もしないのになぜか疲れ多様な空気を醸しつつそういうと、まさかの返しが返ってくる。
「実はもう穴堀は要らないくらいなんだよね」
「え、それは、どういう?」
「えっとね、去年の七月位から掘り始めたんだけどね、もうこれ以上は掘れない位いまで掘ったんだ」
「どんだけ掘ったんだよ…」
呆れる他ないのだが、まだ続きがあるらしい。
「だからね、後は君と私が入って、そこを基地にすれば完成、って感じなんだけど…」
「え、は? 俺ですか? またなんで」
「君も、部員、だから…」
納得はできなかった。
よくわからない先輩がまたなんか変な事を言ってるな、そんな感じ。
でもまあ一緒に入れというのなら、部員なのだからというのなら拒む理由はない。
「わかりました、一緒にはいればいいんですよね?」
「うん!」
なんだかんだ、悪い人でないのはたしかだと思う。
今も嬉しそうに微笑んでいるし、昨日だって笑っていた、笑わなかったのは、校内を歩き回って、生徒を魅了していたときだけ。
少し、ほんの少し、気の毒に思ってしまった。
こんなクズの分際で、人に同情するなどおこがましいのは分かっているのだが、こればっかりは、人としての良心の問題だった。
「じゃあ俺、ジャージとってくるんで」
制服を汚すのは嫌なので、教室に運動用のジャージを取りに行こうとすると、先輩は自分の鞄をがさごそまさぐって、青色のジャージを取り出す。
ん?青? 二年て確か、紅じゃなかったっけ?
「太一くんのはここにあるよ~ さっき取ってきた」
「手が早いですね」
「やだそんな…、エッチ…」
「犯罪ですよ」
「こうして渡してるんだからいいでしょ~」
先輩は青のジャージを机において、紅のジャージを取り出すと、机において、もぞもぞと制服を脱ぎだした。
「先輩っ、先輩!? まだ脱ぐの早いよ!? 俺が出てからにして!?」
裏返る声でそう指摘すると、振り返った先輩の顔は、
「あ、ごめん…」
そこで赤くなられると、こっちが困るんですが……。
後書き
なんで彼は大丈夫なのかわからないままなのに、うれしさに任せて行動している自分に少し苛立つ。
私は私の容姿がこんなにも嫌いなのに。みんなは何故。
彼はなぜ、みんなのように成らなかったのだろう。
彼にしかない何かが、もしかしたら。
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