落ちこぼれの狐神様
ある小さな村に、両親を亡くした少年が居りました。村の皆は少年を気にかけていましたが、やはり両親が居ないので、家には一人で居なければならない事が多いのです。
しかし、少年はちっとも寂しくありませんでした。何故ならば、村外れの木々に囲まれた神社に、毎日足を運んでいたのですから。
「なんじゃ、また来たのかや」
その神社には、狐の耳と、もふもふとした狐の尻尾を生やし、色鮮やかな着物を着て、顔も背丈も少女の姿をした、神様が居たのです。神様は、湯のみを両手に持ち、ふりふりと狐耳を動かし、少年に向かって優しい微笑みを浮かべました。
「カミサマ、村の皆が日照りで困ってるんだって。何とかならない?」
「うーむ……儂はなにぶん、神様の中でも落ちこぼれじゃからのう。雨を降らしたり、晴れにしたり。そんな凄い事は出来ないのじゃ。正直、出来る事は人と変わらん。……情けない神様で、すまんのう」
神様が苦笑いしながらそう言うと、少年は勢いよく首を横に振りました。
「ううん!カミサマ、僕にご飯作ってくれたり、話聞いてくれたりするから、好き!なんだかお母さんみたいだから!」
「お母さんか……神として、それで良いのかのう?」
腕を組んで、ちょっと考えていた神様でしたが、やがて、どっこいしょと立ち上がって、大きく伸びをしました。
「まあ、それもまた良いか!そうじゃ、今日は良い山菜が採れたのじゃが、ここで食べるか?」
「うん!」
「そうかそうか。ところで、今日はどうじゃった?疲れたかの?」
「頑張ったから、疲れたかも!」
「大変じゃったのう。そうじゃ、後で頭を撫でてやろう。膝は貸してやれんが、尻尾は貸してやれるぞ。どうじゃ?」
「お願い!」
にこにこと、神様が笑って話します。少年も、そんな神様を見て、思わず笑顔になります。
そんな風に、神様はこの村人達の面倒をよく見て、村人達は神様を信仰、というより信頼していました。
さて、村に長く日照りが続いていたある日。待ち望んでいた雨が、ようやく村に到来しました。ざあざあと勢いよく降る雨は、木々の根を癒し、田畑を潤し……
……それで終わるならば、確かに恵みの雨なのですが、しかしその勢いは強く、その期間も長かったのです。突風も豪雨の供をしたので、小さな村の神社は、悲鳴のように軋む音を響かせ、ついには神社に合わせたサイズの、小さな鳥居諸共壊れてしまいました。
雨風が唸り、普段静かにせせらいでいる小川が、ごうごうと吠える氾濫川となって、村を飲み込んでいきます。幸い村の人々は、神様の誘導によって、安全な場所に避難していました。
ただ、ただ一人だけ、避難が遅れていた者が居ました。両親を亡くし、神様をよく慕っていた、あの少年です。
どこにいるのか、場所は分かりません。丘を少し降ってしまうと、荒々しくのたうつ激流が待ち受けています。そんな状態なものですから、村人達は、どうする、どうする、と慌てた様子です。
そんな中、普段はゆったりとした動きしか見せなかった神様が、突如として、放たれた弾丸のように走り出し、激しく上下に揺れる川に向かって、ざんぶと飛び込んだのです。
村人達が呆気にとられている中、村を飲み込むようにうねってうねる濁流を、その小さな腕で掻き分け掻き分け、ついに遠い対岸までを泳ぎきったのです。
流石の神様も疲れたのか、少しの間肩で息をしていましたが、やがて尻尾を乱暴に絞り、水気を取って軽くすると、大きく息を吸い込み、少年を探して走り出しました。
そして遂に、神様は少年を見つけ出しました。ただし少年は、突風により倒れてきた、家屋の一部に足を挟まれ(神様がそれを助け出しましたが)痛みで歩けないようでした。
そこで神様は、躊躇なく着物を脱いでいき、サラシ一枚になると、少年をおぶって、離れないよう帯できつく固定したのです。濡れた尻尾は一まとめにして、なるべく少年の身体に当てないようにしました。
その時少年は、雨に晒され足は痛み、随分と視界が悪い状態でした。ただ、神様の身体が意外とごつごつとしている事に気付き、その背中の逞しさに、父親の面影を重ねていました。
さて、そうこうしているうちに、今神様がいる所も、徐々に水が増していき、岸が陸へ陸へと迫ってきていました。村人達を避難させた丘なら、何とか耐え切れるでしょうが、この雨の調子だと、今居る所は直に水に沈みます。
だからこそ神様は、また激流に向かって走り出しました。草履はとうに無くなっていたので、泥だらけになりながらも、裸足で駆けます。
ふと、突風にあおられ、中々の大きさの木が、めきめきと音を立てました。危ない、と思った瞬間、木は神様の方へと倒れてしまったのです。
「くぬっ……!」
神様は、それをなんとか片手で(少年をおぶっていましたから片手なのです)止めると、何か思いついたのか、激流へと木を引きずっていきました。
そして今度は、風で倒れ、折れて人の身長ほどになっている木を拾い、一つの木にまたがり、一つの木をオールがわりにして、激流を渡り始めました。
全身に大波を被りながらも、ぜいぜいと荒い呼吸を繰り返し、両腕に力を込め、オールがわりの木でうねる水をかき続ける神様の姿に、危機的状況にありながら少年は、背中で安心感を覚えていました。
そして、荒れ狂う自然との格闘の末、ついに神様は、少年と共に村人達が待つ丘に辿り着きました。ふらふらとしながら、少年をおぶってやって来た神様に、村人達は歓声を上げました。
次に村人達は、ずっと着ていた和服を脱いで、露わになった神様の身体の逞しさに、驚きました。
「神様じゃからの。儂の場合、神力や霊力なんかは使えんが、まあ、鍛える時間は山程あるのじゃ。どうじゃ、こんな神様でも役に立ったじゃろ?」
神様がそう言って笑いました。ただ、その時にちょっぴり背中を反ってしまったので、腰を痛め、神様はしばらくうめいていました。
それからは、神様と村人皆が力を合わせ、雨風を凌ぐための葉を集めたり木を集めたり、食料を確保したりして、超常的な豪雨を何とか凌いでいきました。
やがて雨は止み、雲は裂け、そこから陽の光が差し込んできました。あれほど唸っていた川は、水位が下がるにつれ、段々と静けさを取り戻していき、ついには元の小川へと戻ったのです。
ただ、村の家屋はどれも、家としての機能を、さっぱり発揮出来ない状態になってしまっていました。田畑も、神社だって、元どおりにはならないくらい、荒れ果ててしまいました。
「良い、良い。生きていれば、こういう日もある。儂も手伝う。皆、一から頑張ろうではないか」
それでも、神様は笑ってそう言いました。村の皆も、それに深く頷き、村の復興に力を注ぎました。
さて、神様に助けられた少年は、万が一にかけて、家があった場所を見に行こうとしていました。なにぶん少年の生活には、それほど余裕がありませんでしたから。
ただ、足がまだ万全ではなかったようなので、神様がおぶってその場所まで行く事になりました。少年は初めは断っていたのですが、神様が、遠慮するなと強く言うものですから、その通りにしました。
「ねえカミサマ」
「うん?」
少年は、おぶられて、家があった場所へ向かう道すがら、神様と話をしました。
「カミサマの事、お母さんだと思ってたけど、カミサマってお父さんでもあるんだね」
「ははは、面白い事を言うのう。ま、儂は神様じゃからな。男だ女だのに拘らん。
しかし、父でもあり、母でもある、か。うん、そうじゃな。儂にとっては、村の者は皆、我が子のようなものじゃ。村の皆を守ってやりたいし、儂に甘えさせてもやりたい。どっちも、大切な事じゃ」
そう言って神様は、悪戯っぽくニヤリとした笑みを見せました。
「どうじゃ、欲張りじゃろう。なんといっても、儂はカミサマじゃからな」
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