とんでとんで まわっておちる

こんぶ煮たらこ

とんでとんで まわっておちる

「ヴォハッ!?こ、これは…!!」


ほこりと砂にまみれた地下迷宮から何やら興奮した声が聞こえてきます。いつものように探検に出掛けていたツチノコがまた何か見つけたようです。


「おぉ~なんですかそれ?」

「うォワッ!?何だお前か驚かすなよ…」


そんな楽しそうなツチノコの声に誘われてひょっこりやってきたのはスナネコでした。どうやらふたりは相変わらず今日も仲良く迷宮に入り浸っているようです。


「変なカタチ……」


ツチノコの手に持っているものをまじまじと見るスナネコ。木の枝でしょうか。

長さは背丈の半分程ですが、よく見るとそれは木ではなく鉄でできた棒でした。木の枝に見えたのは錆びて真っ茶色になっていたからでしょう。


「……何かばっちいですね」

「おい、せっかく人が見つけたものをそんな風に言うな」


そう言いつつもやはり気になって仕方ないスナネコ。錆びついた棒は透明なシートでぐるぐる巻きにされており、触るとぺたぺたと小気味良い音がします。一体これは何なのでしょう。


「フッフッフ……聞いて驚け見て叫べェ!こいつの正体はズバリ……」

「えい」ポチッ


ズバァ!


「ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!?!?!!」


突然大きな音をたてツチノコの持っていた棒がだいへんしん!空気を切り勢いよく広がったそれはまるで細くなったアフリカオオコノハズクが一瞬でエリマキトカゲに姿を変えたようです。


「オマエェェェ!!勝手に広げるなよ!ビックリするだろ!?」

「すごいですね!何ですかこれ?」


ツチノコによるとどうやらこの魔法の杖は傘というもので、かつてヒトが使っていたとされる道具だそうです。なんでも雨から身を守る為に“さす”のだとか。


「“さす”ってこういう風にですか?」グサァ!

「あひゃぅッ!?」


スナネコが傘のさきっちょでツチノコのわき腹をつんと突っつきます。突拍子も無いいたずらに思わず変な声を上げるツチノコ。


「これ面白いですね~。えいえい!」

「あっちょっこらッ!!やめァハン!?」


なおもスナネコの猛攻は続きます。みだれづき~、と技の名前を叫んではツチノコの体力をどんどん削ってゆき、しまいには


「まんぞく…」


あっという間に倒されてしまいました。傘を槍のように扱い問答無用でツチノコを蹂躙する様はさながらばんぞくのようです。


「オマエエエエェェェ!!!!“刺す”じゃなくて“差す”だッ!!」

「凄いですねこれ!一本貰っていってもいいですか?」

「は!?あ、おいちょっと待てーーー!!!」


たちまちこの不思議な棒に心を奪われてしまったスナネコ。ツチノコの答えもどこ吹く風で彼女はぱたぱたと砂を鳴らしながら走り去ってしまいました。


「……はぁ。ったく、傘は武器じゃないんだぞ」


円筒状のかごにはまだ残りの傘が幾つか入っています。黒いものやピンクのもの、大きいものから小さいものまで色んな種類がありました。

そこから一本、一番強そうな傘を選ぶとおもむろに腰にあて姿勢を正しました。

ふぅーと深く息を吐き、重心を一気に下げます。そして周りに誰もいないのを確認すると


「……いあいぎり!……な~んてな、へへっ」


ブォン!と傘が空を切り空間が一瞬歪みます。その姿が我ながらさまになっていたのかつい照れ笑い。


「ツチノコ~傘は武器じゃないのではぁ?」

「ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛!?!!?何見てんだオマエ゛エ゛エェェ!!!!」


その様子をちゃっかり覗いていたスナネコがからかってきました。へへっ、とツチノコの照れ笑いまで真似してきます。

すっかり油断していたツチノコの顔は真っ赤っ赤。まるで繁殖期を迎えたマントヒヒのお尻のようです。


「~~~~~ッ///////////// いいか!?オレはこいつでお前への積年の恨みを晴らしてやる!!覚えてろぉーーー!!!」


そう言うとだばだばと砂を蹴散らしてどこかへ消えていってしまいました。


「う~ん…もう飽きたから返しに来たのですがなんだか面白くなりそうだしまぁ、いいか」











「てやてやっ!やりますね~ツチノコ」

「ヘッ!このオレに敵うと思うなよ!」


次の日、地下迷宮ではツチノコとスナネコによるたたかいごっこが繰り広げられていました。武器は昨日の傘。最初は力のあるツチノコの方が有利かと思われましたが意外にもスナネコ、これを譲らずお互いいい勝負です。


「まじんけん~」


スナネコが何とも気の抜けた声で必殺技を叫びます。と同時に物凄い勢いの砂のシャワーがツチノコを襲いました。地面に突き刺した傘をそのままツチノコへ向けて思い切り振り上げたのです。


「ブフォッ!?オマエ土は反則だろ!?」

「どうしてですか?ぼくはスナネコなので攻撃も土属性なのです」

「なにぃ!?それならオレだって“ツチ”ノコだから土属性だ!!」

「えっツチノコのツチは土じゃなくて槌ですよね」


………………………。

ふたりの間に無言の空気が流れます。


「マジレスするなよ」

「スキあり」

「ぅヴォほァッ!?」


紫電一閃!

思わずツッコんでしまったツチノコの一瞬の隙を突いてスナネコの攻撃がツチノコのわき腹を貫きます。急所を突かれたツチノコはたまらずダウン、その場にへなへなと座り込んでしまいました。


「またぼくの勝ちですね」

「く、くそぅ……。このゲーム理不尽過ぎるだろ……」


やってられんと言わんばかりに持っていた傘を放り投げ大の字で寝そべるツチノコ。その隣で投げ捨てられた傘を何気なく見ていたスナネコがふとある事に気付きました。


「これってコウモリですか?」


柄の部分には瞳の赤い、宙吊りになった可愛らしいコウモリのフレンズの絵が描かれています。


「ん……?あぁ、傘にはいくつか種類があってな、そいつはコウモリ傘とも呼ばれてたらしいぞ」

「コウモリ………傘…………羽…………」


突然何かに取り憑かれたように地面にお絵かきを始めるスナネコ。

そんな彼女を尻目にまた何かへんちくりんな事をしでかすんじゃないかと内心気が気でないツチノコ。

できあがった絵はこれまたへんちくりんでツチノコは尋ねずにはいられませんでした。


「おい、これは何だ」

「え?何ってどこからどう見ても傘で空を飛ぶ為の計画図じゃないですか」


空を、飛ぶ――。

スナネコは今確かにそう言いました。

このお世辞にもうまいとはいえないらくがきからあまりにもかけ離れた発言にツチノコも思わず耳を疑います。描かれた三角や渦巻きの模様から一体誰がそんなことを想像するでしょうか。

しかし彼女の真剣な眼差しが本気である事を物語っています。そう、彼女は本気マジなのです。


「……いいかスナネコよく聞け。かつてヒトの世にはは最もアホな死に方をした奴に送る賞があったそうだ。喜べ、今のお前なら受賞間違いなしだぞ」

「でもぼくの考えたさいきょーの計画では傘を差して、崖から飛び降りて、うまいこと砂嵐に乗れれば……」


毎度毎度突拍子もない事を思いついてはツチノコを振り回してきたスナネコですが今回ばかりはスケールが違います。

なにせ猫が空を、それもボロボロのビニール傘一本で飛ぶというのですからそのとんでもなく荒唐無稽な話にツチノコも真面目に取り合うのが馬鹿らしくなってきます。


「あーのーなー!鳥のフレンズでもないオレらがたかが傘一本で空を飛べる訳ないだろ!馬鹿と天才は紙一重だが今のお前はただの馬鹿だ!!」


ツチノコがついに怒鳴り声を上げました。

目を覚ませといわんばかりに肩をぶんぶんと揺すりスナネコを説得しようとしますが彼女は聞く耳を持ちません。

一体その自信と楽観はどこからくるのか、何の計画性もない計画図を見ていると頭が痛くなってきます。


「まぁまぁ。そこまで言うんならぼくが今から証明してみせますから」













「お、おい……ほんとにやるのか?いくらサンドスターの加護があるからって愚か者にまでその加護が及ぶ保証はないんだぞ……」


不安そうにツチノコが見守る中、スナネコは一人崖の前に立っていました。その下では大きな砂嵐がごうごうと音を立てて渦を巻いています。

地鳴りのように地の底から湧き上がるそのうめき声はまるで誰も近づけさせない、近づいてはいけないと警告しているよう。ツチノコですら足が竦みます。

そしてその砂嵐の力がここまで及ばないのはこの丘が他よりも一際気高くそびえ立っているからでしょう。無論こんな所から落ちたら普通はひとたまりもありません。


「ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。ぼく前にも一回砂嵐に巻き込まれて飛ばされた事ありますから」


砂漠暮らしなら誰だって一度くらいはあるのでは、と聞かれ思わずツチノコも口をつぐんでしまいます。

砂の混じった風が頬を切るように掠めていく度その時の感覚を思い出し身を引き裂かれるような思いに駆られます。

砂漠の砂はどこまでも多く、深く、そして強いのです。


「では………いってきますね」


バサッ!傘がついにその羽を広げました。

四方から襲い来る風をもろともせずスナネコは足を進めていきます。傘とそれを抑える両手が今にも吹き飛びそうなくらい揺れているのが分かります。

それを見た瞬間、ツチノコは気付いたら彼女の腕を掴んでいました。


「……やっぱりダメだ!!」

「ツチノコ?」

「お前の身にもしもの事があったらオレは……オレはッ……!!」

「ツチノコ……」


ツチノコの手は震えていました。それが決して風のせいだけではないという事が伝わってきます。

彼女は怖いのです。

こうなってしまったが最後、頑固なツチノコはここを動こうとしないでしょう。となればスナネコに残された選択肢はただ一つ。


「じゃあツチノコも一緒にいきましょ」

「へ……?ちょ、ちょっと待ておまうええええぇええぇぇええぇ!!!?!?!?」


スナネコがそのままツチノコの腕を取り飛び降りました。一瞬にして景色が反転し頭から真っ逆さまに落下していきます。

すぐ下では砂嵐が、まるでありじごくのように大きな口を開けてふたりを待ち構えていました。


「ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!!!!!」

「おおおおおおおぉぉぉぉ~~~~~~」


ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる……。

砂嵐に巻き込まれたふたりの身体を容赦なく突風が襲い掛かります。

バチッ、バチッと火花のように絶えずぶつかってくる砂のせいで目も開けることができず、なすがままなされるがまま嵐の中を転げ回っていくふたり。

ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる……。

そしてついにふたりはそのままぽーんと真上に弾き出されてしまいました。


「「うわああああああああぁぁぁぁぁ!!!!!!」」


悲鳴が重なり身体の自由が戻ります。

ずっと瞑っていた両目を開いた時、そこで待っていたのは一面青空の無重力の世界でした。


「ツチノコ!見て下さい!ぼくたち飛んでますよ!」

「す、凄い……。ホントに飛んでる………だと?」


先程までうるさいくらいに耳元で鳴り響いていた風が嘘のように止み静寂が訪れます。まるで夢の中にいるかのような浮遊感と地上では味わうことの出来ない解放感とが合わさり、ふたりの身体を同時に支配してゆきます。

まさに鳥のフレンズに運ばれているかのような気分です。


「って何だお前らああぁぁぁ!?」

「あら?楽しそうな声が聞こえたからつい寄り道をしたら思わぬものを拾ってしまったわね」

「お前はトキ!?」

「うわぁ~!たかい!たかいですよ、これ!」

「ちょ!?暴れないで欲しいんですけど!!」


何とふたりを空中で取り押さえていたのは偶然通りかかったトキとショウジョウトキでした。がっちりとふたりの身体を掴むと安全な所まで運んでゆきます。

命綱無しの無謀ともいえるスナネコの挑戦は意外な形で幕を下ろしました。











「むふ。どうだったツチノコ?久しぶりの空の旅は」


そのまましばしの空中散歩を楽しんだあと、ツチノコを降ろしたトキが満足げに尋ねてきました。ツチノコはもううんざりといったように手を仰いで答えます。


「あぁ……。お前のせいでいつぞやのトラウマが蘇った」


向こうの方ではスナネコとショウジョウトキが何やらわいわいと言い争う様子が見えました。あらかたもう一度飛んで欲しいとスナネコがおねだりでもしてショウジョウトキを困らせているのでしょう。

彼女の無神経な声とショウジョウトキのぶっきらぼうな返事を聞きながら、ツチノコはかつての自分の姿を重ねていました。


「……あなた素敵な仲間を見つけたのね」

「……フン。そりゃ互いさまだろ」


トキはよかった、とうっすら笑みを浮かべるとショウジョウトキに呼びかけました。どうやらもう出発するようです。元々どこかへ向かっている途中だったのか、彼女の持つ手提げ袋からはたくさんのお茶っ葉のようなものが見えました。


「今度あの子と一緒にカフェにも遊びに来るといいわ。その時は私もサービスするから。そしてまた飛びたくなったらいつでも言って」


ついでに歌も歌ってあげる、そう言い残すとふたりは砂漠の空へと消えていきました。雲に邪魔されることなく浮かぶ赤と白の斑点は意外な程空の青さに馴染んでいました。













「……ったくお前のせいで酷ぇ目に遭った……」

「でも楽しかったですよ。ツチノコも絶叫してたじゃないですか」

「あれは楽しくて叫んでたんじゃねぇ!」


地下迷宮へ戻る道すがら、ふたりは今日の反省会をしていました。といってもまるで反省する様子のないスナネコは相変わらずツチノコをからかって遊んでいます。

そんなふたりの挑戦者の帰還を出迎えてくれたのは残った傘とへたっぴならくがきでした。


「傘、壊れちゃいましたね……」


足元に散らばった傘の残骸を見てスナネコが残念そうに呟きます。骨がぐちゃぐちゃに抉れてしまったそれは、もはや元が何だったのかさえわからない状態でした。

魔法が解けた杖はもう開くことも閉じることも、突っつくこともできません。ただ、そこにあるだけです。

そんなスナネコを見かねたのか、ツチノコはいつになく柔らかい口調で語りかけました。


「……あのな、傘なんて代わりは幾らでもある。壊れたらそこの傘立てからまた拾えばいい。だがお前の代わりは誰もいない。スナネコという種は存在してもお前という個はここにしかいないんだよ。サンドスターだって無限じゃない。わかったらもう今後危ない事はするんじゃないぞ」


優しく諭すようなその口調はまるで母親が我が子を叱りつけるよう、それを聞きながらスナネコは何故か無性に懐かしい気持ちになりました。

温かく、身も心も全て包み込んでくれるような感覚はいつ出逢ったのかさえ憶えていない、でも確かに心の奥底に存在していたものでした。

それを聞いた時、スナネコの中で何かがぱかぁんと音を立てて壊れました。


「ちょッ!?オマエ何泣いてるんだ!?」

「ごめんなさい……。ちょっと早起きしちゃって……」


自分でも何を言っているのかわかりませんでした。

とめどなく溢れる原因不明の涙はツチノコを困惑させ、その理由を説明しようにも言葉が口から出てこようとしません。

それはいつか見せた、嘘泣きの涙ではなく本物の、スナネコの心からこぼれ落ちた涙――。


「わ、悪かった!まさかそんな泣くほど怒るつもりは無かったんだよ!!」

「そうじゃないんです……。ただ……」


嬉しくて。

声にならない声がツチノコに届いたかどうかわかりません。

ただそんなスナネコの気持ちを察したのか、ツチノコは優しく彼女の頭を抱くとしばらく無言のままそうしていました。




「……落ち着いたか?」

「はい……。ありがとうございました」


どれくらいそうしていたでしょうか。

ふいに頭を離したスナネコがお礼を言いました。その声がいつもの調子に戻っていることに気付き安心します。


「……すまん。ちょっと言い過ぎた」

「まったく……。こんなかわいい娘を泣かせるなんてツチノコも罪な女ですね」

「……は?」

「そもそもぼくの計算ではあの傘は一人分の重さしか耐えられないのにツチノコが入ってきたせいでうんぬんかんぬん……」


開いた口が塞がらないというのはまさにこのことで、スナネコの口からは出てくる出てくる、それはもう自分は悪くないツチノコのせいだアピールの数々は聞いていて呆れを通り越して最早称賛すら覚えます。

これにはさすがのツチノコも堪忍袋の緒が切れました。


「オマエ゛エ゛エェェ!!!!さっきから聞いてれば何だその言い草は!?ちょっとそこに座れ!!いいか!?ヒトも動物も失敗から学んでそれを糧に成長し生きていくんだぞ!!なのにオマエはそうやってひゃぅん!?」


突然ツチノコのわき腹をツン、と何かが触れました。横にはスナネコのしたり顔が、人差し指をわきわき動かして待ち構えていました。


「では失敗から学んだので、今度は危なくないたたかいごっこをやりませんか」

「なにィ!?んアァッ!?やめっ!!そ、そこは敏感だからァハァン!?」


そう言ってツチノコのわきを満足するまでつんつん突っつく地下迷宮からはいつまでも面白おかしい声が響いていましたとさ。


おしまい

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とんでとんで まわっておちる こんぶ煮たらこ @konbu_ni_tarako

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