採掘企業「ドラウプニル」

 アレクセイの死亡を重力波通信で確認したソヴィエトの艦隊は、手筈通り戦闘地点への飽和攻撃を開始した。新型機体が魚雷すらも耐えることは実証済みだが、目標機体は戦闘により損傷している可能性がある。その可能性に賭けての行動だった。

「良い土産が出来たんじゃないっすかね」

 戦闘海域を抜け、周囲の重力波で追手を振り切ったことを確認したオレグが呑気に言う。

「どうだかな。この量のメタトロンだけがあっても、使い道がなさそうだが」

「それはそれ、加工はできるんすから、どうとでもなるっすよ」

 実際、重力操作と磁気操作で加工したメタトロン装甲のシェルターは、戦艦からの雷撃を完全に防ぐことができた。

「そうだな。お前は残業確定だが」

「姐さんの為ならどんと来いっすよ」

リュドミラはため息を吐いた。

「そろそろ合流ポイントだ。作戦終了時刻を過ぎているが」

 新型機体が奪取されれば、真っ先に疑われるのはドラウプニルだ。リュドミラたちは事情を知りすぎている。だから、奪取作戦と並行してネプチュニアン・ユニオンへと会社ごと亡命する手筈だった。重力波通信のデータはその手土産で、三大勢力中で唯一重力波通信の技術を持たないユニオンはこれに食いついてくれた。ユーリの功績だ。

 しかし、大質量のシェルターを使いながらの移動は予想以上に推力を喰い、結果的に予定時刻を大幅に過ぎてしまった。装甲の大半を置いてきてこれなのだから、礫投げウェリテスの質量には驚くしかない。

 果たして、その光景が水層世界の暗闇の向こうに浮かんできた時、リュドミラは目を疑った。

「あいつら……っ!」

 ドラウプニルの船団だった。かなりの距離があるにも関わらず、はっきりと視認できるほどのサーチライトを放っている。水層世界は広いとはいえ、自ら場所を明かすような行為は賢いとはいえない。こちらは追われる身だ。

 近くに遠距離通信用のリレー装置があることに気が付き、リュドミラはドラウプニル本艦に対して通信を行う。

「こちらヘルメスⅠ、目標の回収に成功した」

『こちらファットマウス。ヘルメスⅠ、了解した。おこう』

 通信を切って、リュドミラは鼻を鳴らした。

「待っててくれてたんっすね」

「ああ、馬鹿野郎共だ。あれではいつソヴィエトに見つかるかわからん」

 リュドミラは思わず叱責したが、オレグは得意げに言った。

「でも、助かりましたっす」

「……そうだな」

 オレグは得意気をまだ続けた。

「なあモナド、どうだよ、これがドラウプニルなんだぜ?」

 要領を得ない発言でも、モナドは正確に意味を汲み取った。

『閉鎖空間における集団の分裂や競争への敗北は、共同体の滅亡に即決する。これに対処するため、時に合理性を逸脱するほどの相互補助を行うことで、共同体としての生存を図る。高圧溶液に満たされた水層世界を生きる人間の知恵であると理解した』

「なんか的確に耳の痛い理解っすね」

モナドの解釈に思い至るものを見つけて、オレグは苦笑する。まさかリュドミラが一人で助けに来るとは思わなかった。

「そうだ、姐さん。ずっと聞きそびれていましたけど、どうして俺をんですか?」

「それを今聞くのか」

「今だからっすよ。これからしばらく忙しくなるじゃないっすか」

 ソヴィエトとの交渉中、ソヴィエト側の傭兵だったオレグを撃破してスカウトしたのはリュドミラだった。オレグはその時の事を鮮明に覚えている。オレグはダイヴスーツの両手両足をもがれ、コックピットごと機体をドラウプニル本社に運ばれたのだ。

 リュドミラはばつが悪そうに呻いた。

「お前のダイヴスーツの挙動が、あまりにも気持ち悪かったからだ」

「気持ち悪い? なんすかそれ」

「あの時のお前の動きは、他人との協調を全く考慮していなかった。それに、帰る場所がないことがありありと想像できた。自分でも驚くほどムカついてな」

「ああ、だから両手両足もいだんっすか」

「そうだな、気が付いたらそうなっていた。そこで、帰る場所がないなら新しく作ったらどうだと思いついてな、お前を回収することにした。あんなに若いとは思わなかったが」

「なんか所々理論の飛躍が見えるんすけど」

 だから言いたくなかったんだ、とリュドミラはため息を吐いた。

「いい迷惑だったか?」

「そんなことはない。姐さんには感謝してますよ。日々行動に示してるっす」

「ふん、そうだったな」

 一呼吸の後、オレグは思い出したようにモナドに語りかけた。

「そうだ、モナド。さっきの理解をもっと簡単に表す言葉があるっすよ」

 言いながら、オレグはモナドに対して調になっていることを意識した。

「ドラウプニルは、なんっすよ」

『その表現を概ね肯定する』

 概ねっすか。というオレグの呟きに苦笑し、リュドミラは停止させていた水蒸気エンジンを再起動する。

「気は済んだか。ならさっさと帰るぞ。あいつらが待ってる」

「そうっすね、さっさと帰るっす」

 リュドミラたちは眩しいほどのサーチライトに照らされながら、あと少しの帰路を急いだ。

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アクアリウム・オン・ザ・ライン 世鍔 黒葉@万年遅筆 @f_b_yotsuba

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